【 もしもシリーズ002 】



与えられた任務をこなす。

苦無に薬を仕込み、人混みに紛れ。

標的は広場の人混みの中だった。

人混み、とは語弊がある。

正確には、ピアノの周りの人だかりに混じっていたのだ。

響くのは柔らかな音色。

魅惑的な旋律は、清楚で色香に溢れていた。

思わずふらふらと寄って見たのは、ピアノの奏者。

美しくも無い、まして女ですらない。

だが、遠巻きにも分る、愛らしい微笑。

苦無を落としかけて、慌てて握りしめた。

指先に走った微小な痛みに、しまったと思った時は遅かった。

薬が、身体に回っていく。

正しく毒のそれが沸き起こす激しい愛。

それに身を焼かれて暴走する前に、逃げるように本部へと帰った。





完全に腑抜けと化してしまった、組織で一番の暗殺者。

これでは困る。

相手を殺せば追うくらいに参ってしまっているのは見ていてわかる。

それ以前に、普遍的なピアノ奏者くらい連れてくるのに訳は無い。

孔明はさっさとイワンを買い取って、説き伏せた。

お前はある男に尽くさねばならないのだ、と。

イワンは最初酷く戸惑って嫌がった。

だが、元々従順で優しい気質、お前がうんと言わぬと死んでしまう男なのだと脅かすと、酷くうろたえた。

そこで孔明得意の話術で丸めこみ、イワンをレッドの所へやってしまったのだ。

イワンは良い意味でも悪い意味でも『純潔』であったため、せっせとレッドの身の回りを世話した。

顔も出さない、夜に気配だけ感じる男に尽くしていたのだ。

だが、震えるどころか痙攣まで起こす自分の身体を押さえこんで『我慢』するレッドが持つ筈はない。

愛したい、なのに顔を見られるのが怖くて夜に間近で見つめるだけ。

自分の優れた目にさえ薄く闇に紛れるひとの目に、自分が映るはずも無い。

我慢出来ず、とうとうある夜に手を伸ばした。

抱きすくめ、肺腑一杯に甘い体臭を吸い込む。

くらくらしそうな魅惑の身体。

抱きすくめた身体はがちがちに強張っていたが、それでも良かった。

弾む息を抑えもせず、耳朶を口に含む。

びくっと震える腕の中の身体をますます強く抱きしめて、左の耳を舐め回した。

涎塗れになる耳が闇の中にぬらと輝き、益々欲しくなる。

うなじに歯を立て、強く吸った。


「ひんっ」


何も知らない身体が怯えて逃げを打つ。

それを抱き抱えて寝台に連れ去り、組敷いた。

自分が見えていない、不安げに彷徨う瞳。

左目の傷をれろっと舐めて、唇を吸った。


「んんっ」


初心な反応だ。

息の仕方も分からないで苦しげに翻弄されている。

なのに、成人している身体は興奮露わ。

裸に剥いても、気付かずに酸素を求めて顔を背けるばかり。

唇を開放してひと舐めする。

あわせを無意識に握りしめようとした指が肌に触れ、ぎょっとしたように自分の身体に手を這わせる。

服を脱がされているのだと理解して、真っ赤になっていく頬。

愛らしい。

服を脱ぎ捨てて胸元を擦り合わせ、胸筋で尖りを潰してやる。

行為に対して未熟な身体は、それを痛みに近いと認識したらしい。

嫌がるように身体を丸め、自分で抱き込んでしまった。

その身体を背中から抱きしめ、胸元で交差する腕をさする。

そして、反対は脚の間に差し入れた。


「あっ」

「駄目などと言うなよ・・・・・」

「ぁ・・・・・」


情欲に掠れた男の声に、イワンは怯えながら小さく頷いた。

男女の行為は知識としては知っている。

男同士でどこまで出来るかは知らないが、されるのだとは感じた。

やわく扱かれて腰が痺れていく。

もっと、と思った瞬間、激しくなる指の動き。

堪らずに、シーツを握り締めた。


「ぁは、ぁ、んんっ」


ギュッと目を閉じてやり過ごそうとする。

だが、亀頭を押し潰す様に絞られていとも容易く陥落してしまった。

初めて他人に性的な行為を受け、射精する。

背徳感を含んだ激しい悦楽に、イワンは涙を滲ませた。

抜け出ていく、袋を満たしていた精液。

たっぷりたまっていたそれが、部屋を恥ずかしい匂いで満たしていく。


「ぃや・・・・ぁ・・・・・っ」


顔を真っ赤にして涙ぐみ、無意識に嫌がる言葉を。

深窓の乙女も裸足で逃げ出すほどの可憐っぷりに、レッドは生唾を飲んだ。

今まで相手にした、手慣れた妖艶な女よりずっといい。

色気と愛らしさが絶妙に混じったこれが、どうしようも無く愛しかった。

堪らず脚を押し開き、うつ伏せたイワンの尻を割る。

可愛いピンクの窄みに舌を伸ばす。

甘味を前にしたように伝う唾液をなするように舐め上げると、窄みはもっと小さく閉じた。


「や・・・・な、何・・・・」

「腰を捩るな。舐めにくい」

「な、め・・・・・」


さぁっと血の気が引いていく。

羞恥より異常と認識したらしい。

性戯に融通の利かぬ幼さ。

思わず口元が笑んだ。

捩る腰を押さえつけ、窄みを思う存分舐めまわす。

泣いて恥ずかしがり許しを請うのを聞きながら、中までたっぷり舌で味わった。

甘い蜜に酔いながら、今度は指を差し入れる。

硬い蕾は舌で執拗に弄繰り回された所為で混乱して僅かに緩んでいたが、やはり硬い。

指一本を奥まで埋め込み、ぐり、と曲げてみる。


「ぁ・・・・・っ」

「きついか」


がくがくと頷くイワンの背を撫で、曲げたまま掻くように引き出していく。

激しく反った背にスゥッと汗が浮かび、媚肉が激しく絡みつく。

温かくぬかるんだ内部は柔らかく弾力に優れ、何とも指に心地好い。

指を伸ばしてゆっくり抜き差ししてやると、腰が強張った。

どうやら壁をつつかれるより、奥の方を触られた方が好きらしい。

根元までぐっと押しこんで指の先だけ動かすと、可哀想な悲鳴が上がった。

滅多に鳴かぬ兎が鳴くような悲痛さ。

汗の浮いた白い背中が、薄く色づいていく。


「や、め・・・・・て・・・・・ぁんっ!」


掠れた懇願を聞かずに指を増やせば、腰が揺れた。

痛みだけなら、指に絡む肉はこんな動きはしない。


「力むなよ・・・・・・」

「ひ、っ・・・・・」


押し当てられる熱い凶器に、イワンの身体が竦み上がる。

自分のでも、こんな場所に入らないと思う。

当たっているものは、闇に見えないが自分のものよりどう考えても大きい。


「ひぃ、う、ぅ・・・・・・」

「唇を噛むな・・・・・」


耳に舌を這わされ、唇に食い込んでいた歯が外れた。

捩じ込まれる痛みに涙が頬を伝っていく。


「あぁ、あ・・・・・・!」


腹の中を満たす熱い肉棒。

硬く、脈打っているそれが怖かった。


「おね、が・・・・や、め・・・・」


奥にぐりぐり押し付けると、掠れた声で首を振る。

戦慄く口元に耳を寄せると、泣きそうな怯え。


「おなか、やぶら、な、で・・・・・」

「っ・・・・・」


余りに可愛い怖がり方。

パニックを起こしているのは分かっている。

あり得ない事象に怯えている。

それがどうにも可愛かった。


「あぁ・・・・・もう、奥にはせん」

「ふぁ、ぁぁぁぁ・・・・・!」


ずるるる、と引き抜かれて、イワンはシーツを手繰った。

生理に適った動きの方が辛い。

かりが肉管をごりごり開いて苦しい。

思わず力むと、開いた肉管にもう一度侵入された。


「ふひゅ、っ・・・・・」


呼吸か喘ぎか曖昧な声が出る。

突き進んでくる肉槍。

腰ががくがく震えて止まらなかった。


「あぁ、ぁ・・・・・」

「っ、と・・・・・・」


脚を開脚した状態で抱えられ、持ち上げられる。

レッドが座り、抜け落ちかけていた男根がまた入り始め、止まった。


「は、ぁ・・・・・・」


安堵に息を吐く。

だが、何時まで経っても抜いてもらえない。

恥ずかしい話だが、半端な感覚に腰がもじもじしてしまう。

開いた状態で長くある事のない器官を襲う感覚は、排泄に似ているのにもっと官能的だ。

ゆっくりと腰が下ろされ、攻め入られていく快楽。


「あ、ぁ、ああ、あ・・・・・」

「甘すぎる声だな・・・・・」

「え・・・・ふぁんっ!」


突然手の力が緩み、勢い良く男根の上に座り込んでしまう。

腰が完全に砕けていたイワンは、下生えと孔の入口が密着するほどに深い結合を強いられた。

唇から舌を覗かせて喘ぐ姿は何とも厭らしい。

ぴくぴくしている雄は、直接弄られてもいないのに涎を垂らしていた。

体内に埋まっているレッドの男根からでない、先走りの濃い匂い。

鼻先に絡みついて離れない厭らしい匂いに、恥ずかしくて涙が出てくる。


「ひっく、ぅ・・・・・」

「何を泣く。互いに何も見えぬのだから問題あるまい」


見えない、と嘘をつく。


「だから、私の顔も絶対に見るな」

「ん、はい・・・・っぁん!!」


頷くのを確認して、激しく突き始める。

本能に、恋慕に、欲に任せて、激しく抱いた。

毎夜のように繰り返される情交。

イワンの身体は直ぐに花開き香ったが、彼は元々そう溺れる性質でない。

溺れるとすれば感情であり、身体に与えられるだけの快楽は単に彼の不安を煽った。

そして、彼は生れて初めて人との『約束』を破った。

蝋燭の明かりに照らされる、きつい目つきの整った顔。

見るなと言うのが不思議なくらい綺麗な顔立ちに目を瞬かせたが、次の瞬間一気に血の気が引いた。

目元に視線を戻し、きつい目と目が合う。


「・・・・・約束を破ったな」

「あ・・・・あ、の・・・・・」


ぎゅうう、と引き絞られていく瞳孔。

猫よりもっと冷たい目に、イワンは咄嗟に後ずさった。

レッドの目が酷薄に細まる。


「失せろ」


怒りに満ち満ちた声に、イワンは息をのんだ。

黙って、シーツを纏ったまま部屋を出る。

引き止められる事は、無かった。





季節が一つ変わる。

あの暗闇で抱かれる日々を抱いて、イワンはまたピアノを弾いていた。

誰もいない、寂しい街で。

故郷は焼跡になっていた。

あの場所にはもう何も無かった。

イワンは他の町からピアノと生活に必要な最低限のものを揃え、唯一人荒廃した街の中でピアノを弾いていた。

雨の少ない、乾燥気味の寒い国。

ピアノが傷まないから構わなかった。

どんな曲でも弾けるよう、厚着はしなかった。

毎日、夜が明けると身を簡単に繕って、軽く食事を摂って。

日が暮れて何も見えなくなるまでピアノを弾いた。

覚えている曲を、片っ端から、何度も何度も繰り返して。

あのひとを惹きつけたピアノを、忘れぬように。

イワンは幸せだと思っていた。

自分を求めてくれた人とは別れてしまったが、その顔を知ることができ。

誰かに愛された記憶をもらい。

静かにそれを思い出しながら、ピアノを弾けて。

実際、イワンの身体はもう限界が来ていた。

毎日冷たい風に晒され、食事は軽い朝食だけ。

休憩も無くピアノを弾き続け、幸せそうにやつれていた。

もう、指の感覚がない。

霜焼で壊死を始めた指。

動く分まだ幾らかましだが時間の問題だ。

弾けなくなったら、どうしようか。

全部噛み千切って、そして。

ピアノと一緒に、焼けてしまおう。


「・・・・一緒に、逝ってくれるか?」


小さく微笑んでピアノに問うた。

ピアノはただ黙って旋律を奏でていた。

イワンの指の命ずるままに。

その指に、少し荒れた手が重なる。

驚いて、止まる演奏。

慌てて弾き出そうとすると、手を引かれた。


「もういい、分かった」

「・・・・・え・・・・・」


凍えた身体で必死に振り返る。

あの夜に約束を破って見た顔。

でも、悔しそうな、仏頂面。


「あ・・・・・・・」


涙が出てきた。

レッドはそれを唇で拭い、額を合わせた。


「・・・・・お前の健気さに、負けた」

「わ、私は良いのです、勝手に思っているだけで・・・・・」

「馬鹿者。私が迎えに来たと言っているのをぶち壊すな」


ふんと鼻を鳴らし、レッドはイワンを抱き上げた。

随分軽くなり、氷の様に冷たい身体。


「帰るぞ」


降り始めた雪に、ピアノが埋もれていく。

おいてけぼりのそれは、どこか嬉しそうに二人を見送っていた。





「痛むか」

「い、いえ・・・・・大丈夫です」

痩せ我慢と分かる言葉に、レッドは眉をひそめた。

イワンを屋敷に連れ帰ったが、霜焼が酷い。

しかも彼は火の気もないあの街で水で身を清めていたらしく、身体は清潔でも色んな所が霜焼けていた。

痛々しい身体を温かい濡れタオルで清め温めたが、右手の人指し指だけはどうにもなりそうにない。

湯とも言えぬ水にそっとつけても、痛がる。

もう、駄目だと判断した。

他は意地でも直してみせるが、この黒く変色し変な感触になっている指は、無理だ。

放っておいても、壊死の範囲を広げる。

切るしか、ない。

愛するひとからピアノを奪ってしまった自責に駆られる。

あの街でピアノを弾いていると知っていた。

怒りに任せて追い出したが、ずっとずっと思っていた。

怒りに左右される感情は自前でしかない。

薬なら、何をされようと追い縋って愛するはずだ。

これは薬などでない。

それに気づいて、肉眼で見て、耳で聞いて。

でも、追い出した手前素直に出ていけなくて。

あの時と同じ美しい旋律に酔い痴れている時に、やっと気付いた。

ピアノなど弾けぬ自分でもわかる。

指が、一本、いや本数は分からぬが、兎角動いていない。

それでやっとはっとして手を握った時には、遅かったのだ。


「・・・・・この指は、もう駄目だ」

「・・・・・ええ・・・・・」


残酷な宣告にも、イワンは優しく微笑んだだけだった。


「大丈夫です。洗濯も料理も、そう困りは・・・・・」

「違う!」


きっと睨んでも、イワンは優しく笑っているだけだった。

髪をなでる指。


「もう、弾かなくてもいいのです。次は無いですから」


死ぬまでお傍に。

お傍を払われた時には、どうか。

その手で。

言わぬでも瞳が語る真摯な思いに、レッドは唇を噛んだ。

イワンの壊死した指を、口に含む。

根元を上手く押さえ、顎に力を込めた。


「ん・・・・・・っ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


ごり、と骨の継ぎが外れ、口内に残る感触。

押さえた指を素早く縫合し、レッドは口の中の指を吐きだした。

ぶよぶよと薄気味悪い感触のそれを、度数の高い酒壺に入れる。


「そのうち水分が抜ける。それまでに守袋を作れ」

「わ、私の指など・・・・・」

「御守というものは気休めという効果しか持たん。ならば猿の尾だろうが魚の頭だろうが人間の指だろうが変わらん」


私が持ちたいものを持つ。

我儘だが可愛い愛情の示し方に、思わず苦笑してしまう。

頷いて、苦笑から微笑みに変えた。


「赤いお守りにしましょうか」





仮面の暗殺者の首には赤いマフラーがあるのは皆知っている。

だが、その下に赤い守り袋が下がっているのを知る者は少ない。

その中に、一つ干乾びた指が入っているのも。

たった二人、守り袋の持主と、その指の持ち主だけしか。

知らないのだ。





***後書***

エロスとプシュケの話に素直にしなかったのは、指とお守りがやりたかったから。