【 もしもシリーズ004 】



「ひっ、ひく、っ」

「っはは、どうした、もう降参か」

「ひぃぅっ!」

腰を揺らすと、受け入れる事に未熟な身体がのた打ち回る。

苦しいらしいが、どうでもいい。

欲しい。

好きだ、好きだ、好きだ。

愛して、いる。

もっと私のために鳴け。

頭の中をぐるぐるする欲望は酷く子供じみていた。

もっとよこせと奪い略奪し、恍惚に浸る。

初めて強姦した時からそうだった。

一度だって合意などない。

怯えて嫌がるのを押さえつけて犯す。

自分の下で苦しんでいる顔。

いつも通りだ、変わりもしない。

つまらない。

それが『悲しみ』である事をレッドは認識できなかった。

イワンを放り出し、身繕いして部屋を出る。

それを何度繰り返しただろう。

ある日、ゲーセンで取ったうさぎのぬいぐるみを処分を兼ねて押しつけた。

次に訪ねて犯した後、勝手に風呂を使って出たら。

イワンは、泣いていた。

うさぎのぬいぐるみを抱きしめて、泣きじゃくっていた。

綿の詰まったうさぎに、慰めを求めていた。

自分は、元々感情や物は求めない。

欲しければ奪う。

だが、奪われたこの人が欲しいのは、奪っている自分で。

何も考えずに押しつけたぬいぐるみを拠り所にして、じっと我慢していた。

爪を見れば、酷く短く切りこまれていた。

端は変に欠け、噛んだのだと分かる。

指先や爪を噛むのは、愛情の枯渇による無意識の仕草である場合がある。

イワンのように行儀がいい人間なら尚更そうとしか思えない。

突然、考え付いた。

今までのとは違う愛し方がしたかった。

奪った分を、差し出してやらねばならなかったのだ。

奪うばかりでは、そのうち何もなくなってしまう。

それで、抱きしめた。

益々うさぎを抱いて怯える体を何時間も抱いていた。

うまく出来ない二人の恋はおままごとどころか児戯ですらない。

暗闇を探って進む二人は、それでもしっかり手をつないでいて。

互いに一生懸命だった。

イワンは元々が生真面目な性質で、察しは良いのに鈍い。

ある日、レッドはたまにヒィッツから聞かされるくだらない話を総合してみた。

女の喜ぶような、デート。

イワンは女でないが、そう変わるまい。

弁当を作れとメールを入れて、翌朝迎えに行った。

イワンはスーツで、レッドは私服。

互いに着飾るような男ではないが、レッド最大限の譲歩に普段通りのイワンではちょっとムッとする。

が、気を取り直して、先ずは映画。

今流行りの甘いラブストーリー。

退屈で一人二人殺したくなるが、我慢。

第一、隣のイワンがそう興味がないのが悔しい。

優しい彼は黙って見ているが、無意識に時計を気にしている。

エンドロールで連れ出して、今度は服屋。

欲しいのを選べと言っても遠慮するばかり。

ヒィッツの話では買いたいだけ買って着飾りたがるはずなのに。

半ば脅すようにして持って来させると、ジーパンに薄緑のパーカー。

高給取りのレッドからすればポテトチップスの小袋と変わらぬそれに、酷くイライラする。

イワンは自分の心と折り合いをつけ、レッドの気分を害さないよう頑張ったが、やはり基本の感覚が違うのだ。

それでもここで怒りだしては格好がつかないと我慢し、着替えたイワンを引きずって観覧車に押し込んだ。

某ビル付属の巨大観覧車。

外を眺めても、いつも生身で登るような高さ。

一体何が楽しいのか不可解すぎる。

隣のイワンも、どうしていいのか分からずに黙っていた。

イワンは自分を責めていた。

せっかくの休日なのに、きっと気を遣わせてしまったのだ。

朝早くから起きさせてしまったし、今だってイライラしているのが分かる。

悲しくて俯いていると、一周してしまって。

真昼間の明るさの中で、浮かない顔の男二人。

公園に行くと、弁当を催促された。

これだけは、きっと喜んでもらえるはず。

甘い卵焼きも、煮豆も頑張った。

なのに、なのに。

酷く怒った顔で食べて、半分で押し返された。

泣きそうになって、我慢して。

食べろと言われて、食べた。

口に合わない理由を考えろと言われているのだろうが、どうしてもわからない。

涙ぐんで俯いていたら、隣から立ちあがる気配。

先に帰って欲しいと言おうとしたら、手を出された。

何故取らん、と軽く振られて、慌ててお手のように手を置くしか出来なくて。

涙も拭えずにおずおず見上げると、酷く驚いたようだった。

ぎゅう、と抱き締められる。

耳に囁かれる、声。


「・・・・・服を贈る理由が、分からんのか」

「え・・・・・っ」

「脱がせるために決まっているだろう」


先を歩きだし、ぐいぐい引っ張るレッド。

引っ張られて見れば、その耳は真っ赤で。

言葉とその意味を、考えて。

自分がとても酷い事をしたと知った。

否、言ってくれなければ分からないとは思う。

思うが、うまく言えない子供のような青年が望んだのは、デートで。

思わず、手を握り返す。

恋人つなぎに絡め直し、少し俯いて「はい」と答えた。

恥ずかしいけれど、嬉しかった。





「ん・・・・・・」

薄暗い室内で交わされる口づけ。

レッドの部屋に引き込まれ、シャワーを済ませたらすぐに捕まえられた。

レッドは口づけながら自分も浴びてくると言ったが、イワンは首を振った。

服も、映画もいらないから、今すぐ貴方様が欲しいのです。

初めて聞いたあまりに可愛い『我儘』に、レッドは夢中でイワンの唇を吸った。

甘い舌を甘噛みしながら吸うと、愛い身体がひくりと跳ねた。

やわく、しかし急性に撫でさすって、たっぷり全身を味わっていく。

手に感じる温かみも、滑らかな肌も。

甘い吐息も、良い匂いも。

全部全部、自分の、自分だけのものだ。

胸がいっぱいになる、満たされた感覚。

抱かれてベッドに下ろされて、イワンはレッドに手を伸ばした。

ちょっと戸惑い躊躇って一度引っ込めたが、やっぱりそっと伸ばし、首を傾げて微笑んで見せる。

その抱っこの催促が子供じみていて、そしてたとえようもなく可愛くて。

骨が軋むくらい抱いて、首筋に額をつけた。

自分が贈った服を脱がせるのにそう感慨はなかったが、恥ずかしがるイワンの不安そうな顔に気分が良くなる。

無理矢理していた時は、怯えていた。

よく、服を駄目にした。

うさぎのぬいぐるみも、取り上げられるのではないかと怯えて離さなかった。

今、不安そうにしているのは、服を駄目にされないかと気にしているからだ。

駄目にしても、釣りがくる程度の紙幣は押しつけていた。

でも、この服は今、イワンがひとそろいしか持っていない『恋人にもらった服』で。

気まぐれで突然癇癪を起すレッドを立った数カ月で理解するなど出来る筈がない。

それも、強姦され虐待されていたのだ。

慣れるには時間がかかるだろう。

だが、それでもいいから一緒にいたい。

不安がるイワンに優しく接吻し、やわく唇を吸った。

ぷる、と放し、服をそっと脱がせる。

丸裸にしてしまい、服をベッドの下に落とした。

自身も脱ぎながら、笑って見せる。


「こうすれば、汚れも破れもしまい」

「あ・・・・・」


頬をピンクにして、イワンが嬉しそうにうなづく。

が、レッドが脱ぐに従って、徐々に俯いてしまった。

恥ずかしそうだが、少し違う。

首を傾げて上向かせれば、抵抗はしなかったが目が潤んでいた。


「だ、駄目、です」

「?」


何が悪いのか考えるが分からない。

暗がりに目を凝らし、初めてイワンが勃起しかけている事に気がついた。

するっと手を伸ばして軽く握ると、嫌々と首を振る。


「レッド様、どうか、目を閉じる許可を・・・・・」


思いをちゃんと伝えたあの日、セックスの時に目を閉じるのは駄目だと決め事をした。

それはイワンに自分を認識させるためだ。

それまでは眼を閉じていようが構わなかったし、目隠しで恐怖を与えて凌辱したこともある。

泣きそうになっているイワン。

レッドの身体は特に女らしいと言った事もない、引き締まった男の若々しい身体だ。

だが、レッドがイワンの身体に欲望を感じるように、イワンもレッドの身体を好きだと思っている。

見せつけられる肉体美に、恥じらいながら興奮しているのだ。

なんとも可愛い反応に、口元が緩む。


「抱かれる気はないし、お前も男に突っ込めるタイプでないだろうが・・・・・悪い気はせんな」


くくっと笑い、レッドはイワンの頬に口づけた。

握ったものを軽く扱いてやると、北国特有の白い肌に包まれた腰がうねる。

嫌がるのでなく擦り寄せるようなそれ。

一度いかせておくか、と手を速めると、ピンクの舌を唇から覗かせて喘ぐ。


「あっ、ぅ、はぁ」

「我慢するな」

「んっ、んくっ」


ぴゅっぴゅっと噴き出す白い蜜。

長年メカが恋人で女遊びに興味のないイワンは、人にされていくのが下手だ。

自分の中でカウントを取っているのでないかと思う位に。

いっそ、いちにのさん、なんて言ってやってもいいが、それはそれで恥ずかしがって泣きそうだ。


「ふぁ、は・・・・・」

「きついか?」


胸を喘がせてくたりとベッドに沈むイワンの頬を撫であげる。

イワンははんなり微笑んで首を振った。


「ん・・・・大丈夫です・・・・・」


れっどさま、と延ばされる手を取って、甘い接吻を。

うまく意識を逸らしながら奥を探る。

蕾が指先に当たった。

指に絡む蜜をなすりつけて指を差し入れると、小さく呻いた。

指を締め上げる肉は妙に柔らかい。

無理矢理の時は、流血しようが受け入れさせ、緩めろと雄をいびり立てた。

泣きじゃくって苦しがるイワンを嘲笑し、自分が快感を得るために身体を好き勝手弄りまわした。

何度も激しい裂傷を受けたそこは、筋肉自体がかなり硬くなってしまった。

イワンが恥を忍んで医者を受診したことも、約束している時はこっそり後孔用の弛緩剤を使っている事も知っている。

可哀想な事をしたと思う。

遠慮などせずに、気なんて使わずに身を任せてほしい。

でも、言えない。

顧みればおこがましくて言えないし、うまく言える自信もない。

だから、何も知らないふりをして、柔らかくなっている穴を掻き回す。


「ふぁっ・・・・・・」

「ここか」

「ん、んっ・・・・・・」


脚を突っ張らせて小さく頷くイワンに接吻を繰り返しながら、中をゆっくり掻き混ぜる。

指に当たる柔らかい肉はとろりと濡れて熱い。

興奮する自身の男根を軽く扱きながら、たっぷり時間を掛けて弄った。

緩める真似事を、していたかった。

イワンの頬を包んで口づけ、脚を持ち上げる。

イワンの黒い瞳が、瞼で隠れた。

本当はこの時に目を開けていてほしいが、挿入を楽な体勢で受け入れるのを咎めたくはない。


「ふ、ふぅっ・・・・・・」

「っく・・・・・・」


ずずずず、と入り込んでいく男根に、眉を寄せて息を吐いているのが見える。

苦しそうに頬を紅潮させ、気持ちよさそうに息を吐いて。

奥まで填め込み、抱きしめた。

角度が変わって苦しそうに震えるから短い時間だったが。


「・・・・・爪を立てても、構わんからな」

「は、い・・・・・ふ、ぁ、あぁ、あくぅっ」


ぐちゅっ・・・・ぐちゅっ・・・・と激しいが緩やかな突き上げに、イワンが身体を捩る。

勢いより奥を押し上げられるのが好きな身体だと言う事は知っているから、力を入れて腰を使った。


「んくっ、んくうっ」

「いけそうか、っ」

「ん、んく、ふ」


必死に息を吸いながら頷くイワンに微笑み、ぐっと腰を入れた。

甘い悲鳴とともに噴き零れる蜜。

根元までぴっちり絡んだ柔肉が、激しくうねった。

絞るような動きに我慢できず、種付けした。

呼吸を整え髪を掻き上げると、イワンがそっと髪を梳いてくれる。


「・・・・気ままなレッド様が、好きです」


たとえばアルベルト様は、お似合いでない事もやりたいと思えばなさいますし、責任はご自分で負われます。

でも、レッド様はお似合いでない事を無理にされると往々に癇癪を起されます。


「それに我儘を言っていいのなら、私はレッド様らしい方が、好きです」


微笑まれ、レッドは小さく舌打ちした。


「・・・・・映画は、アクションが見たかった」

「今度、見に行きましょう」

「服は、お前が好きなものを勝手に着て、それを見ている方が良い」

「ええ、私もそちらの方が」

「観覧車より、お前を抱いてどこへでも登る」

「嬉しいです」

「・・・・・弁当は、2つないと、嫌だ」

「私が至りませんでした」


微笑んで、イワンはレッドの頭を撫でた。


「でも、デートの時は、教えてください」


でないと、レッド様がこの後仕事なのではないかと気になって、時計が気になります。

服も、前日時間を掛けて選んでおきたいです。

観覧車より、私使用許可のあるヘリの申請をしておきますから。


「お弁当も、色々考えさせて下さい」


最近お菓子ばかりでしょう、とやんわり叱られ、レッドは僅かに唇を尖らせた。


「・・・・・お前の飯が、いい」

「出来うる限り、お作りします」

「・・・・その後、お前が食いたい」

「レッド様」


耳元に寄せられる唇。

目に入る頬が真っ赤で、吐息も声も震えているくせに。


「私がレッド様を食べてしまっているのに」


精一杯、茶化して。

でも、男を煽る言葉を。

健気な恋人を、強く強く、抱きしめた。


「あぁ・・・・そうだな」


私にもし心というものが存在するならば。

それはもう、お前に喰われてしまっているのだな・・・・・。

嬉しそうに微笑むレッドからイワンの顔は見えなかったが、レッドの顔が見えないイワンもまた、嬉しそうに微笑んでいた。





***後書***

純愛が書きたくなると駆り出されるレッド。そういうポジション。