【 もしもシリーズ-005 】



家の中を駆け回る無数の人形。

偽りの命を吹き込まれたそれらは無邪気に走っているように見える。

が、それが既に偽りだ。

まるで本物の魂を吹き込まれて心を得たかのように無邪気に。

『装わせている』のだ。

目を見れば分かる、無機質な微笑み。

ケタケタと笑う不気味なそれに感動する人間は、大枚はたいてそれを連れて帰る。

その後は責任を持たないから、知らないが。

十常寺は彫りかけの人形を置いて溜息をついた。

少し腹が減った。

台所に行こうとして、立ち止まった。

何ともぎこちない動きで台所を徘徊する人形。

一番大きく拵えたそれは、途中で顔を失敗して放り出していたものだ。

左の目元にノミを入れ過ぎて傷が入り、髪もつけぬままに転がしておいた。

関節の細工も不十分だったそれに命を入れた覚えはない。

が、それはやけに嬉しそうに動いていた。

不気味な微笑みでない、優しく愛らしい笑み。

荒削りの指先で必死に包丁を扱っていた。

ふわと漂うのは、中華出汁の香ばしい匂い。

黙って見ていると、それは不意に振り返った。


「御主人様、如何なさいました?」


未完成の人形だ、形は整えたが、頭髪もなければ肌にやすりもかけていない。

傷までは入った、出来損ない。

それがどうしようもなく愛らしいのは何故だ。

何故、本気で作ったものより輝いているのだ。

腹を立てるほど子供ではない。

ただ、不思議だ。

テーブルに座ると、美味しそうなワンタンスープが置かれた。

匙で掬っても、良い具合に煮えている。

口に入れてみたが、良く出来ていた。

人形は、不安そうに自分を見ていた。

頷くと、とたん顔を輝かせて嬉しそうに笑う。

愛らしいそれが、何とも気に入った。





「御主人様?」

先ず、肌にやすりを掛けた。

不思議そうな人形の全身をくまなく滑らかにしていく。

人形は痛みを感じないから問題はない。

だが、命を入れてからは大きく手を入れることはできない。

やすりくらいはかまわないが、関節はもう細工出来ないのだ。

動きにくそうな粗い関節を何とかしたいが、出来ないのは自分が一番知っている。

下手に弄ってこの愛らしい魂が抜けるのが怖かった。

基本木製の彼は、口元に動物のにかわをついで柔らかくしてあるの以外、硬い。

柔らかい微笑は口元だけだ、まさに口だけ笑んだ人形の笑みだ。

なのに、どうにも可愛らしい。

十常寺は人形で性欲を満たす男どもを異常だとは思わない。

ダッチワイフと何が違う、もっと上等だろうと言いたいし、自分も具合を確かめる事はある。

だが、ちょっと後悔した。

この人形にも、セクサロイドとして細工しておけばよかったと。

ちょっとだけ、思った。

服を見つくろう。

人形用に大量に購入してあるから、選び放題だ。

色々あてがい、最終的に彼に与えたのはスーツ。

似合っていた。

不思議そうな人形に着せてやり、目を合わせる。


「名を与ゆ」

「えっ・・・・・」


人形は眼を瞬かせた。


「なまえ・・・・・を・・・・・」


十常寺の人形は名前をもらってから出荷される。

名前をもらう事は即ち、十条寺に『作品』として認められるという事だ。

人形達にとってこれほど嬉しい事はない。

特に、この人形は出来そこないなだけに諦めていたから、胸がいっぱいになる幸福感だった。


「・・・・・・イワン」

「いわ、ん・・・・・・・」


私の名前は、イワン・・・・。

嬉しそうに繰り返す姿が、やはり可愛かった。





イワンはぎこちない指で裁縫をしていた。

動きはぎこちないが、作業は早い。

自分の出来る動きを組み合わせて、丁寧に服を作っていく。

今作っているのは、黄色のウエディングドレス。

次に出荷の人形にこれを着せるのだ。

イワンの裁縫の腕を知ってから、十常寺は彼にドレスの制作を任せた。

毎日毎日、いろんな衣装を作る。

口も使えるよう、十常寺は指が入る程度の深さの穴であるイワンの口を細工した。

中に管も通っていないただの穴は、皮膚と同義と見なされる。

糸や針を扱いやすいよう、口が常に湿っているように。

人間の口のように。

木が腐る心配がないよう、増粘剤と精製水を調合してある。

こんなに沢山してもらって、嬉しくて、申し訳なくて。

役に立つように、精一杯頑張ろう。

イワンは嬉しそうに微笑んで、一晩中ずっと針を扱っていた。





黄色いドレスを渡すと、十常寺は満足げに頷き、それをイワンに着せた。

イワンは目の前が真っ暗になるのを感じた。

出荷されるのだ。

出荷物は自分だったのだ。

もう、十常寺とお別れなのだ。

大好きな御主人様は、もう自分がいらなくなってしまったのだ。

もとより出来そこないだが、一生懸命尽くしてきたつもりだ。

悲しくて悲しくて、目を伏せた。

頬を何かが伝っていく。

驚いて目を開けると、硝子に映る自分の頬を伝い落ちる水。

少しとろみがあるから、口の中の液と同じもののはずだ。

でも、どうして。

十常寺の技術がこんなミスを起こす筈がない、第一これではまるで人間の涙のようだ。

戸惑っていると、笑う気配がした。

大好きな御主人様が笑っている。

頬を包む温かい手。

柔らかい唇が、触れる。


「出荷先は、大人(十常寺一人称)の部屋」


そこを、生活の基盤に。

作業場は、出勤先に。

イワンは思わず御主人様に縋りついてすり寄った。

嬉しかった。

壊れるまで、気に召すように。

頑張ろう。





「これを、口に入れるのですか?」

勃起した生殖器を見つめ、イワンは不思議そうに首を傾げた。

彼には生殖器も肉の穴もない。

生殖に関する知識も与えていない。

人間にあって人形にはないものと思っているらしく、興味深そうに眼をぱちぱちさせていた。

だから、抵抗は全くない。

御主人様に言われた通り、冷たくぬかるんだ口内にそれを含む。

しゃべれるようににかわを柔らかくした板を舌代わりとしてつけていたから、当たって気持ちが良い。


「舌で、舐めるように」

「ん・・・・・・」


ぬるぅ、と這いまわる冷たい感触。

何とも気持ちが良い。

吸う事も出来ぬただの穴だが、直向きに懐かれているのを考えると何とも興奮する。

味が分からない彼は、先走りに苦しがる事もなく十常寺の男根を愛撫していた。

這いまわる舌は、剥けた皮の間まで入り込んでくる。

くちょくちょと音をさせている唇は濡れて光っていた。

頬から耳をやんわり包んで頭を上下させると、イワンが上目で見上げてくる。

その光景にもっと興奮した。

男の人形が、黄色のウエディングドレスを着て、イマラチオをさせられている。

それも嫌悪どころか意味さえわからないで。

口の中にたっぷり出してやると、イワンは口からぼたぼた零しながらきょとんとしていた。

頬をくすぐって、首を傾げて見せる。


「もう一度」

「?」


こくんと頷いてもう一度同じことを繰り返す人形に、十常寺は薄らと笑んだ。

久しぶりに、本心から、笑った。





不気味な人形が駆け回る家の中、一人の男と愛らしい人形が暮らしている。

訪ねてくる者が皆欲しがる不思議な人形は『非売品』。

十常寺自慢の『恋人』なのだ。






***後書***

問題です、一番気持ち悪いのは誰でしょう(ダッチとかいう次元でない)

Aイワンさんの作ったぬいぐるみに息荒げるセルバンテス。

B.イワンさんのシーツで作ったイワンさんのパンツを詰め込んだクッションにはぁはぁする残月。

C.呪いの人形なイワンさんと本気えっちしても平気な十常寺。