【 もしもシリーズ-008 】
それは、冬の終わり。
もうじき日が暮れる、黄昏時。
夜の街に繰り出そうと、盟友と歩いていた。
楽しげに話す男に相槌を打ってふとよそ見して目に入った、もの。
少女の人形。
一種異様な光景だった。
眠る少女たちがウインドーに飾られている。
生々しい人形。
その中に一つ、変なものがあった。
変というのは異様と言う意味でない。
むしろ不気味な少女人形の群れよりは可愛いと言っていい。
男の子の、人形。
それも何故か、鷲鼻で禿頭。
制作者の意図が分からずに通り過ぎようとして、もう一度見てぎょっとした。
目が開いている。
不思議そうにきょとんとして、自分を見つめている。
よたよた立ちあがって、ショーウインドーに張り付いて。
自分を、見つめていた。
盟友も気づいたようで、興味深そうに見ている。
出てきたのは、チャイナ服の不気味な男。
変わった喋りを聞いて分かった事。
どうやらこれは植物と人形の中間の『もの』。
ミルクと愛情を糧に育ち、それらがなければ数日で『枯れる』。
チェック済みだから今はまず大丈夫だが、寄生植物が入ると赤い花冠が咲いてやはり枯れる。
波長が合う人間が近づくと『目を覚ます』もので、トイレ、入浴、食事はある程度自力で出来るらしい。
だが、食事はミルク以外のものを与えると『変質』する。
育ってしまうのだと。
しまう、というのが何とも気味の悪い言い方だ。
要は、何も言わずただ微笑む、世話が簡単で愛らしい少女を傍に置くためのものではないか。
しかも、自分と波長があったのはこんなの。
可愛くなくはないが、普遍的だし、第一男児に興味などない。
勝手に目を覚ましたのだから知らんと突っぱねれば、男はあっさり引き下がった。
目を覚ました『もの』は自分を見上げている。
男に抱きあげられて店に連れて行かれる姿は妙に儚かった。
隣の盟友が小突いてくる。
「いいの?あの子枯れちゃうんだよ?」
元々出荷予定でなかったらしい。
偶然目を覚ましたから仕方なく売っても良いと言っただけだと。
波長が合わぬところに居ても一週間で枯れるが、それは仕方がないのだと。
値段は変に高い。
屋敷が2,3件軽く建つ。
その位惜しくはないが、金を払って世話までするなど御免だった。
が、やはり気になる。
翌朝、盟友に黙って花街を抜け、帰りがけに買ってしまった。
基本的に食事の後に微笑むくらいしか反応はないらしい。
黙って自分を穴のあくほど見つめてくる人形、いや植物・・・・どちらでもいいか。
取り敢えず馬鹿という皮肉を込めて『イワン』と名付け、日向に置いておいた。
イワンは大人しくそこにいた。
トイレも食事も、入浴も一人で始末して。
ミルクを与えると言っても、あのアルベルトが世話などする筈がない。
とは言え変な趣味があると思われるのも嫌で、一日3回、部屋に皿に入れたミルクとスプーンを放りこんでいた。
餌はミルクと愛情。
ミルクだけしか与えられないイワンは徐々に弱っていった。
アルベルトは益々そんなものが嫌になり、いつしかミルクも日に2回。
ミルクをその部屋に入れている理由も忘れ始めていたある日、女を連れ込んで抱いた翌朝。
真っ赤なルージュの書き置きを見て、目を見開く。
『娘さん10歳だっけ?あんな変な人形上げても喜ばないわよ?』
茶化すように書かれていて、どうやら自分のとは思わなかったらしい。
何故と見回し、項垂れる。
どうやら、酔って人形を置いている部屋に女を連れ込んでしまったらしい。
しくじったが、まぁいいかと起きあがる。
ミルクを持ってくるのが面倒くさいと思いながら見やって、ぎょっとした。
窓際の人形は変な体勢で崩れた座り方をしていた。
肌の色は悪く、目は虚ろ。
日の光に照らされていくそれの頭には花冠。
しかし、花は赤ではない。
青い花がゆっくりと開いていく。
男は赤い花といった。
これはいったい何なのか。
くしゃくしゃになった名刺を取り出し電話を掛ける。
青い花が咲いたと告げると、男はそれを人形の30倍の値で買うと言いだした。
赤い花冠は、愛情をたっぷり受けた少女に寄生する。
愛という栄養の乏しい人形に寄生はしない。
青い花冠は、憂鬱を受けた人形に寄生する。
しかし人形は愛されないと枯れる。
故に青い花は幻だ。
人形愛好家以外にも、財産投げ打って欲しがる垂涎もの。
売れと言い募る男の話など耳にはいってはいなかった。
窓際で枯れかけている人形。
否、死にかけているイワンは。
愛など一滴も与えられてはいない。
憂鬱は甘美ですらない。
ただ、彼は酷く我慢強かったのだ。
我慢して我慢して、耐えていたのだ。
枯れないでただ憂鬱に侵食されて。
今、とうとう死にかけている。
突然虚無感が襲ってくる。
勝手な感情と言われて仕方ない、だが嫌だ。
枯れてしまうなんて嫌だ。
抱き上げてみると、身体は酷く軽かった。
だらんと垂れる手足は細い。
自室に連れ帰り、ベッドに寝かせた。
自分の作れる少ないレパートリー、だが普通のものより病人にはこちらの方が良い。
アッペルブライを作って、食べさせてみる。
苦しそうにしながら、必死に飲み込もうとしていた。
植物に生存本能があるのかは知らない。
知らないが、今目の前のイワンは必死に生きようとしていた。
だが、口を引き攣らせて飲み込もうとするのに気づく。
違う、本能などでない。
これは理性だ。
本能も感情も抑えつけた理性で、自分の為に食べている。
殺そうとした男が生かそうと躍起になるのにただ応えようと。
そのためだけに。
酷く切なくて、匙を置いた。
黙って頬を撫でる。
初めて、だった。
餌をちゃんと与えたのも。
撫でてみたのも。
愛したのも。
まるで気付かなかった愛らしい笑みで、笑うのも。
翌朝、イワンはすっかり育ってしまっていた。
アッペルブライなど与えたから、変質してしまったのだ。
花冠は何の奇跡か、それとも青い花だからかは知らないが、枯れた。
イワンはベッドの上で、小さな服を半端にひっかけてきょとんとしている。
仕込めば簡単な話は出来るらしいが、どうでもよかった。
何で、あんな事をしたのか。
粥など与えたから育ってしまった。
語弊があるようだが、そうではない。
男児に性欲は湧かないし、イワンを枯らしたかったのでもない。
ただ、こんなに愛らしく、そして色っぽく育ってしまっては困る。
波長が合うとはよく言ったものだ、ストライク。
今すぐイケナイ事をしてやりたい。
だが、あれだけ放置して虐待しておいて、育ったらすぐに致すとは如何なものか。
と言うか、計画が狂う。
ゆっくり愛情を注いで、沢山笑顔を見て、それからじわじわ攻め落とすつもりだったのに!
計画が長期でも内容が即物的な男に呆れるが、元々アルベルトは即決型だ。
気に入ったと思ったら即購入、長く愛用することが多い。
迷って買ったものは大体すぐ飽きる。
思えばあの時決まっていたのだ。
迷ったのでなく、盟友の手前買うに買えなくて。
取り敢えずベッドの端に座ってイワンの目元を優しく撫で、キスを。
ただ大ぶりな目で見つめてくるイワンに微笑み、ミルクを持ってくる、と言った。
台所に立って、考える。
そういえば、ひと肌が一番いいと言っていた。
鍋を出し、自分自身に苦笑する。
何とも情けない姿だ、人形を育てておままごとをする38歳なんて。
でも、それでもいい。
イワンが食事の後に見せる笑顔の為に、否、イワンの為に。
ミルクを作る、午前7時13分。
***後書***
問題です、一番強いのはどれでしょう(注釈ヒント付き)
A.静かなる中条(47)の本気パンチ(地球が割れる)
B.植物人形イワンさんにオイタしたいが我慢するアルベルト(38)の理性(脆いと評判)
C.幻惑おじさまも樊瑞おじさまも『おじさまったらおちゃめさん』で済ませてしまうサニ嬢(10)の笑顔(ロリコンキラー)