【 もしもシリーズ-014 】



真実の口、と言うものを御存知だろうか。

嘘吐きが手を入れると、噛みつかれて手が無くなると言う、アレ。

コイン式のものが街頭にもある。

お遊びだ、第一本家だって本当に噛みちぎられるわけではない。

そういう訳で、友人がせがんでくるから、コインを入れた。

そして、彼女が手を突っ込むが、何も起こらな・・・・い事もなく。

突然抱きすくめられ、イワンは驚いて身を捩った。

するとますます強く抱きしめられ、身体がみしみし言い始める。

友人は、目をぱちくりさせてそれを見ていた。


「あっ・・・・テレビで見たっ」


肺を圧迫されながら聞いた友人の話。

どうやら、自分を抱きしめている髭のおっさんは、真実の口を街頭コイン式にする事を思いついたとある会社の社長。

アミューズメント系を色々取り扱っていて、映画館からゲーセンまで色々関わっているらしい。

それがどうして自分に殺人未遂を仕掛けているのか。

もう直ぐ一段階刑が重くなる、ああ、目が霞んできた。


「何て可愛いんだ!超好みっ!!」

「げほっ、げほっ・・・・・・!」


突然解放され、流れ込む空気にむせる。

見やれば、確かに髭のおっさん。

40前くらいだろうか?


「あのね、君が好きになってしまったんだ」

「・・・・あの、病院紹介しましょうか?」


思わず本人が言ってしまうくらいに、目の前の男は楽しそうだった。

好き好きと繰り返し、執拗に身体に触ってくる。


「ね、ね、私のお嫁さんになってよ」

「いえ・・・・遠慮します」

「遠慮なんていらないから!」


ぐいぐい引っ張られて、イワンは友人・・・・ローザを見た。

が、彼女は笑顔で手を振ってくれているばかり。

何故見捨てるんだ・・・・!

変質者に誘拐されたイワン。

屋敷に強制連行され、彼の部屋に連れ込まれた。

絢爛豪華な屋敷は、何だか妙に趣味が良く統一感があった。

相当かかっていると思う、時間も、金も。

金持ちって、意味が分からないものを欲しがるよなぁ。

そう思い、溜息をつく。

自分だって、その妙なもののひとつ。

今日は、会社の上司から執拗なセクハラを受けていた反動で薄力粉を買いまくったのだ。

菓子を焼いてすっきりしようと。

宅配を頼んでいるから、夕方には帰らないと。

そう思っていると、男が居ない。

あれ、と思って視線を彷徨わせると、自分のすぐ前にしゃがみこんで見上げてきていて。


「?」

「君さぁ、何て言うか、損するタイプだね」


突然言われ、むっとするより呆れてしまう。

そういう事を何も考えずに言う彼の方がきっと損をしていると。

だが、彼はそうではなかった。


「私はずるい嘘つきなんだ。人を見て物を判じる。君は、言っても怒らないと踏んだ。事実そうだった。

 怒りだす人間は、優しく軽くいなすよ。嘘吐きには、話を合わせておくよ。でも、君は素直すぎて損をする」


そうじゃない?

言われて、思わず詰まる。

事実だった。

今、会社でいびられているのも、社長や幹部の誘いを断っているから。

酒くらいなら何とでもする、だが。

身体、を。

抱かせろと言われた。

容姿が整ってもいない自分。

禁欲的だから、それを征服したいのだろうと、友人は言った。

気持ちが悪い。

男同士のやり方は知っている。

あんなところに差し込まれて、好き勝手されるなんて嫌だった。

泣いたって許さない様な男達だと知っている。

最近は、皆で追い詰め始めた。

選ばぬなら、皆で犯してやると。

自分は男で、しかも容姿がこれだ。

助けを求める事すら出来ない。

怯えながら、毎日出勤して。

セクハラされ、いびられ。

疲れ果てていた。

辞表を出して、それを目の前で破り捨てられ。

無理矢理キスされ、逃げ出して。

ぼんやり思い出して、悲しくなってきて。

ぽつりぽつり、語った。

男は、根気良く聞いてくれていた。

そして、電話をかけ始める。


「・・・・あ、もしもし?」


君のところのイワン君、もらったから。

辞表、上司が紛失したんでしょ?

出したって言ってるし。

寮、私の使用人に荷物取りに行かせるから、引き払うよ。

ん?彼?

今病院。

胃潰瘍起こしたみたいでね、喀血しちゃった。

訴訟は起こす気無いって。

残業時間外でも、良くして頂いて良い思い出ですってさ。

じゃあね。また今度、お酒飲もうね。


電話口からぐうの音も出ない社長の溜息が聞こえた。

茫然としていると、男が笑いかけてくる。

優しい、陽気な笑みだった。


「私は、セルバンテス。君のところの社長とは旧知でね」


もう、大丈夫。

怖い事も、辛い事も、ないからね。

そうして抱きしめてくれる腕は、さっきと違ってちゃんと加減した優しいもので。

我に返る事も忘れ、縋りついて泣きじゃくった。

泣いて泣いて、泣き叫んで。

涙を、ぬぐってもらって。

思い切り、笑った。





「これ、何?」

「あ、それは口に入れない方が・・・・・」

「・・・・生臭い」

メレンゲを指ですくって舐めて顔をしかめるセルバンテス。

イワンが苦笑する。


「メレンゲは、卵白の泡だてたものですから。生臭いですよ」


これから焼きますから、お待ちください。

そう言われ、首を傾げる。


「焼く?甘い目玉焼きでも作るの?ああいや、卵黄は?」


余りに世間知らずな発言に、今度はイワンがきょとんとする。

そして、可愛らしく苦笑する。


「これは、マカロンのもとですよ」

「へ・・・・嘘、これから出来るの?!」


まじまじ見るセルバンテスは本気で驚いているようだ。

使い捨ての絞り袋を2枚とってそれを詰め、片方を渡す。


「こうして、このように」

「ふんふん」


やってみているが、なんともまぁセンスが無い。

料理がてんで駄目と言いながら、彼はとても楽しそうだった。

焼き上がるのをオーブンに張り付いて見ているのも、子供の様で。

何だかとても、好感を持てた。





「美味しい!」

「有難うございます」

目の前でお茶を飲みながら、菓子を頬張るセルバンテスを眺める。

嬉しそうな彼は、全てに細かい感想をくれた。

余り夢中で食べるから、ちょっと心配になって「残りはまたあとで」とお願いした。

彼は残念そうだったが、素直に引いてくれた。

そうして始まった、奇妙な生活。

イワンが帰るのを引きとめるため、パティシエという役割をあてがったセルバンテスに、イワンは頷いた。

毎日菓子を作って、セルバンテスと茶を飲み。

ある日に、窓から。

彼が、夜の街に消えていくのを見た。

突然切なくなってしまった。

部屋に戻って鏡を見ても、そこには冴えない自分が居るだけで。

溜息をついて、ベッドに入っていた。

それが段々、彼を妙な事に駆り立てる。

始めは、布を買ってきた。

縫い合わせたのは、白の簡素な、でも愛らしいワンピース。

次は、下着を。

次にはとうとう、口紅を買い求め。

毎夜、誰もいない屋敷の中。

自室に籠り、ワンピースを着て。

淡いピンクの、口紅を。

こういうと一種異様だが、目元などを細工した訳で無いし、濃い化粧をした訳で無い。

やや優しい見方をすれば、病人着の様なものを着て、ちょっと口に蜜がついたまま。

その程度。

だが、そこに漂う病的なまでの色香。

鏡を見詰めて悲しげにする顔は、凄まじい色気だ。

鏡は何枚も新調していた。

綺麗に見える、何て言う広告に飛び付く訳ではない。

単に、我慢出来ずに叩き割ってしまうのだ。

どうして、こんなに魅力が無いのか。

激しい癇癪を起こし、とうとう彼は自分を傷つけ始めた。

気に入らない足先から腕、全てを切り刻むように。

帰ったセルバンテスが血臭に気づいた時、彼は既に両足と左手をズタズタにしていた。

さあ、今から顔をと言う時にナイフを取り上げて投げ捨てると、呆然とし、そして。

鏡を叩き割ってしまった。

癇癪を起して暴れるのを押さえつけ、医者を呼ぼうとしてやめた。

彼を取り上げられるのが怖かった。

異常じゃない、疲れているだけ。

そう言い聞かせ、喉を軽く圧迫する。

上手く意識をオトし、抱き上げた。

そして、自室に連れて帰って手当てを。

そこでようやく、彼が女装・・・・と言うには余りに簡素だが、兎角そのように装っていると気づいた。

何故。

そう考えてみたが、思い当たらない。

突然女性になりたくなったのか。

何故。

女性に自分が無い魅力があると思ったから?

何の?

彼に足りない魅力なんてあるのか。

第一、装ったのに肌を傷つけては本末転倒だ。

何が気に入らなかった。

装って気に入らなかった、つまり、思ったほど綺麗になれなかった?

思ったほどと言う事は、何か目標なり指標なりがあったのだ。

それは誰か。

彼の女性の知り合いは友人のローザくらいだし、他に関係があるとすれば・・・・・。


「え・・・・・・?」


もしかして、気付いていたのか。

夜に出かけて、欲望を発散させている事に。

見た事の無い夜の蝶達に嫉妬を?

そうしたかったのでなく、相手になりたかった・・・・?

都合の良い想像だ、だがほぼ確実だ。

余りに可愛い。

そして、可哀想な事をした。

すっかり傷ついてしまった彼。

心も体もぼろぼろだ。

目を覚ますまで、傍にいた。

目覚めた彼に、たくさんたくさん愛を伝えた。

好きとか気に入ったなんてものじゃない。

愛していると。

抱きたいと。

男でも構わない、君が良いのだと。

イワンは頑なにそれを認めなかった。

すっかり心を蝕まれていた彼は、自身に過剰な醜さを感じていた。

それを否定するのは無理そうだった。

言っても信じないのだから。

それなら、醜くても良いのだと言ってみた。

すると、イワンはきょとんとして見上げてきた。

君は、普通だよ。

愛らしくない、綺麗でない。

でもね、私は君が大好きなんだ。

そう何度も何度も言い聞かせ。

徐々に、イワンは心を回復させた。

季節はもう変わっていた、傷跡は残ってしまった。

そうして、夏の初めの寝苦しい夜に。

イワンの寝室を、訪ねた。

彼は姿見を見ていた。

そして、それに。

優しい手つきで覆いをかけた。

振り返った顔は、優しい笑みを浮かべていた。


「どうされましたか?」

「うん・・・・・あのね」


もう、夜遊びはしていないんだ。

でも、私もまだ割と元気だから、ね。


「我慢、出来なくなっちゃった・・・・・」


頬を撫でられ、自然な動きで唇を吸われる。

うっとりと眼を閉じると、優しく舌が絡まった。

くちゅくちゅと絡められて、気持ちが良い。

すっかり夢見心地で酔っていると、一度離され、唇を舐められた。

優しい笑顔に見惚れていると、抱き上げられベッドに運ばれる。

落ちそうになってしがみつくと、くすくす笑っていた。


「ねぇ、女の子の格好なんてしなくても、十分可愛いよ」

「私は・・・・・・」

「あのね、恋する男って馬鹿なんだよ」


恋に目が眩んだ男は、自分のお姫様が世界で一番可愛いと信じて疑わないんだ。

そして、私は君に恋している。


「ね、それじゃ駄目かな」

「セルバンテス様・・・・・・」


しがみついて、逞しい首に頭を擦り寄せた。

嬉しい。

貴方が可愛いと言ってくれるのが、とても。

服を奪われ、身体中にキスが降り注ぐ。

傷を、肌を、味わい慰めるように這わされ、身体が震えた。

ちゅる、と雄を含まれ、突然の刺激と初めての経験に身体が跳ねる。


「せ、せるば、ん、てすさ、ま・・・・・・!」

「ねえ・・・・・初めて、会った時の事、覚えてる・・・・・?」

「ん・・・・・は、ぃ・・・・・っん」


私は今から、真実の口。

ねえ、イワン君。


「嘘ついたら、噛みちぎっちゃうよ・・・・・?」


笑っている瞳が少し怖くて、唾を飲む。

しゃぶりながら「今どんな感じ?」と言われ、シーツを手繰りながら震える声で答えた。


「き、気持ちい、です・・・・・ぁん、く」

「じゃあ、こうしたら?」


先に舌を這わされ、尿道を弄られる。

気持ち良かったのは少しだけで、途中からは熱い痺れに変わった。


「あ、あっ、やめ、やめて、おちんちん、じんじんす、る」

「んー?」

「ああああっ、や、やぁっ、べろべろってしないで、でちゃ、でちゃうっ」

「いいよ、だして」


ぢゅるりと吸いこまれ、堪らず放ってしまう。

そこを駄目押しに吸いつかれ、激しい悦楽に身を捩る。


「あ、あ、あ、だめ、やめて」

「どうして?」

「もっと、じんじんして、きた」

「そう?」


ずぞぞ、と汁を吸われ、セルバンテスの頭を腿で挟み込んでしまう。

首を激しく振って嫌がるイワンだが、これでは見えまい。

更にべろべろやっていると、とうとう泣きながら懇願した。


「やめ、やめてくだ、さ、い。おちん、ちん、舐めないで、ください。許して、くださ、い・・・・・」


可哀想な泣きっぷりに流石に唇を離し、身を起こす。

そうして、目を付けていた可愛い窄みに指を這わせた。


「あ、あ、だめ、そこ触らないで・・・・・」

「気持ち良くない?」


蜜を絡めた指を後孔に差し入れながら尋ねると、イワンが泣き声を上げる。


「だめっ、あ、あっ、中、気持ちいいっ」


可愛過ぎて、頬が緩んでしまう。

中を意地悪く突っつくと、肉が柔らかく絡みついて締めてくる。

根気良く慣らしてからあてがい、沈めていく。

すっかり快楽にとろかされているイワンは、もう噛みつかれないのも忘れて素直に言葉を重ねていた。


「おち、ん、ちん、熱い・・・・・」

「こっち?」

「ぁん、っ違・・・・なかの、やつ・・・・・・おなかの中、ぐりぐりって、入ってきて・・・・・」


扱く手に首を振るから、腰を揺らした。


「もっと強く?」

「は、い・・・・ぁぅぐっ」


ゴリッとねじ入れられて、腰が激しくくねる。

それをしっかり掴んで抜き差しすると、腰がいやらしいくねり方をし始める。


「あんっん、んくっ、ふ」

「可愛い顔、しちゃって・・・・・」


腰を使う度に合わせる様に振られる白い腰。

中は何とも良い締め付けで、僅かに痛む程に締まる。

禁欲的なイワンが淫らに腰を振って快楽に溺れる姿は想像より遥かに魅力的だった。


「愛してる。君が誰より大事だよ・・・・・・!」

「ああ、あ、せるばんてすさま・・・・・!」


トクットクッと流し込まれる精液を感じ、イワンは腹に手を置いた。


「おなか・・・・あったかい・・・・・・」


とろんとした甘い声。

まだ情事の空気に飲み込まれたままのイワンが、矢張り。

可愛くて、仕方無かった。





「うん、綺麗だよ」

「・・・・・・あ、有難うございます・・・・」

貸し切ってしまった教会。

ステンドグラスを通した光を浴び、神父さえいない二人だけで。

白いワンピースに可愛いピンクのルージュを引いた新婦。

白いタキシードに、サングラスの不届き者の新郎。

互いに愛を誓い合い。

手を取り合って。

誓いのキスを。

いつまでもいつまでも、恋の魔法が解けぬよう。





***後書***

イワンさんはあくまで普遍的なルックス。寧ろちょっと・・・・・って言うのが可愛く見えると言うのが萌えます。