【 もしもシリーズ-016 】
伊達男ヒィッツカラルド。
彼には誰も知らない秘密がある。
実は、彼。
非常に憶病なのだ。
お化けも嫌い、犬も怖い。
これらは切り刻んでやると意気込んで何とかしている。
恋愛も、臆病。
伊達男を気取って遊びはするが、本命にはちっともアピールできない。
最近は告白もしていないのに嫉妬してくれないかなんて儚い希望にかけ始める始末。
あの可愛らしい笑顔が自分のみに向かない。
一人占め出来ない。
悔しい、腹立たしい。
情けない姿は見せられないと自室で泥酔する日々。
そして、酔った勢いが招く。
男の願望の、具現。
自室に帰ったイワンは、香水の匂いにくんと鼻を鳴らした。
知人が来ているにしては、洒落た香水だ。
ユニセックス・・・・男女兼用の、甘くも済んだ香り。
ブラックカラントと・・・・ローズと、多分、鈴蘭。
ヒィッツカラルドにからかわれて、今日の香水を当てろと鍛えられた鼻。
この組み合わせならきっと、スカイプラネットのミドルノート。
だが、ヒィッツは飽きた香水を二度は付けない。
これをつけていたのは少し前だし、もう使っていなかった。
可愛い地球儀の形で、中に澄んだ水色の香水が揺れるボトルを見せてくれたから。
手に取って見せて貰ったが、ボトルだから球は回らないと変な感心をしたのを覚えている。
では、この香りの主は?
少し警戒しながら気配を探り、室内を移動する。
が、気配は不意に消えた。
気を抜いた一瞬に、暗転する視界。
気配は消えたのでない、消したのだ。
回り込まれてしまった。
目元を覆うのは、どうやらネクタイ。
自分のか男のかは分からなかった。
男はやけに慎重に自分を扱った。
咳き込みそうな酒の匂いを纏いながら、肌には指を触れさせない。
傷か、装飾か。
何か素性が割れるものがあるのだろう。
だが、殺すのならそんな事は隠さなくて良い。
衝撃のアルベルトの傍仕えとして長いイワンは、昔度々苛めに遭った。
殴られる蹴られるは言うに及ばない、今はもうない。
でも、それとは違う。
余りに慎重で、優しげで、そして。
怖いくらい、飢えた視線が肌に刺さる。
イワンとて男だ、それが何を意味するか知らぬわけでない。
世の中には変わった性癖の男だっているし、自分のようなのに執着したり、もっと言えばこういうのでないと興奮しないのだっているにはいる。
ぎゅっと唾を呑み、気配をうかがう。
男は慣れた手つきでイワンの服を脱がせていた。
少し肌寒い室温に、肌がさっと粟立つ。
男は指で触れはしなかった。
温かな唇が、這わされる。
思わず拒絶していた。
蹴りをお見舞いするが、男は小さく呻いただけだった。
そう、とても小さく。
判別が不可能なほどに微かに。
脚を掴まれて、逆の脚を構える。
すると、それも掴まれた。
脚を開いてしまった状態で、スラックスの上から。
甘噛みされる。
嫌悪感より恐怖感が勝り、唇から悲鳴が漏れた。
男の動きが一瞬止まる。
「わ、私では、面白みなど・・・・・」
上手く出来るか分からないし、我慢できずに吐くかもしれない。
そう言って引かせようとするイワンに、男はするりと頬ずりしてきた。
頬に感じる、男の肌と髪。
嫌がって顔を背ければ、首筋へ。
ちゅっと口づけられ、びくりと身体が跳ねた。
何も見えなくて、鼻には咽るような酒の匂い。
それに混じった、甘い香水。
頭がぐらぐらする。
精神的な負荷と、酒の匂い、香水。
顔を背け、目を堅く閉じた。
怯えるイワンに、男は高揚を感じていた。
泥酔した脳内には、可愛い姿しか映らない。
甘えているように変換をかけ、勝手な願望を見つめ。
甘く優しい、愛撫を。
唇で何度も肌を味わうと、滑らかで白い肌が薄らと艶を帯びる。
薄らと汗ばんでしとりと吸いつき、ほんのりと色づき。
甘く芳しく、芳香する。
狂おしく求めていた、身体。
勝手な妄想に呑まれた視界には、愛らしい表情。
全てが、手に入ったような恍惚。
幸せというなら今がそうだ。
可愛い臍をそっとついばむ。
「ひぁんっ」
ああ、可愛い鳥が鳴いている。
私の恋人の麗鳥が。
もっと、可愛がってやらないと。
拗ねて、飛んで行ってしまうから・・・・。
可愛い胸の尖りは、淡く小さめだった。
恐怖に尖っている先に軽く吸いつくと、唇を噛んで身を捩る。
もう少し吸いを強め、舐め上げた。
「ふぁっ」
ぎくっと跳ねあがった腰を宥めるように撫でる。
掌で、だが。
腰を両手で掴んでも、混乱しているイワンは手でシーツを探るばかり。
執拗に胸の尖りを舐めていると、つんっと硬く尖りきってしまう。
可愛いそこに息を吹きかければ、冷たさに身を捩る。
微笑んで反対に構えば、もじもじし始める腰。
強請ってはくれなかったが、いいのだ。
顔がねだっているから。
目元を覆われ恐怖にひきつった顔も、狂った男には愛らしい甘え顔でしかない。
微笑んで、スラックスを抜く。
「ひっ・・・・・」
薄ら寒くなった下半身に悲鳴を上げれば、するりと頬ずりされる。
脹脛に感じる、頬と髪。
脚を引くが、足首を強く掴まれてどうする事も出来ない。
唾を呑んで脚を引く間にも、頬ずりは上がってきている。
腿から、内腿に移動した。
柔らかな肉と皮膚に感じる、男の欲塗れの吐息と視線。
そんな所を見られていると思うと、涙が出る。
恥ずかしい、嫌だ。
は、と掛った吐息に腰を捩ると、含まれた。
「ひぅぁ・・・・・!」
ぬる、と含まれた口内は、あたたかく柔らかに濡れている。
女性とした事がないわけでないが、もうかなり前だ。
それに、かなりノーマルなセックスだった。
こんな事はされた事がないし、腰ががくがくするのが抑えられない。
はっはっと息を弾ませ、逃れようと腰をくねらせる。
その様子の艶めかしさは途方もない。
少し舌を遊ばせながら口に出し入れして扱くと、イワンが泣いて腰を捻る。
可愛い恥じらいと勝手に感じ、男は尚もしつこく口で嬲った。
立ち上がった雄はぴくぴくして口の中に蜜を零している。
甘い蜜はとろみが強かった。
だが、透明な蜜ばかりでは物足りない。
甘く芳しい、白蜜を。
深く咥えこんでぢゅ、と吸いこむ。
イワンが掠れた悲鳴を上げて暴れるのを押さえ、何度か繰り返した。
遊び人でもない純情な彼は、直ぐに陥落した。
腰をびくつかせながら、激しい射精の快楽に首を振る。
嫌という仕草で、あ、う、と甘く鳴く愛らしさ。
脚を開かせて、蕾をさらした。
口の中の蜜は呑み込んでしまったが、花を味わうのはこれからだ。
欲情と興奮に唾液滴る舌を、ぬるりと押し当てる。
イワンは初め指だと思ったらしく、拒否を示した。
が、唇で吸いつかれ、初めて激しく声を上げた。
「い、いやだっ!いやだ!!」
聖職者とまではいかずとも、かなりストイックな彼。
セックスも完全にノーマル、此処を使った異常性交なんて我慢できないらしい。
その可愛い拒絶に夢中になり、硬くつぼんだ蕾に強く吸いついた。
「やぁっ!」
腿の裏を掴んだ脚が宙を掻く。
だが、舌先の蕾は悦んで綻んでいた。
僅かに綻び、応えるようにひくついて。
何度も舌を往復させ、時折吸引し。
花開くまで、執拗に。
綻んできたのを見計らって舌を差し入れると、中は熱くぬるんでいた。
甘い蜜の絡んだ肉の管を探っていくと、舌の中程を入口が締め上げる。
それに気を良くして舌先を動かすと、泣き声がした。
恐怖と嫌悪のそれを、羞恥と快楽と妄想し。
舌を抜いて、ぢゅるりと吸いつく。
「ふぁぅっ」
ぴゅっぴゅっと飛んだ白い蜜に気付き、顔を上げてそれを舐めとる。
甘い蜜に酔いながら、自身を取り出して、宛がう。
イワンは今から何をされるのか気付いて逃げを打ったが、男はねじ込んできた。
「かは、っあ・・・・・!」
焼けつくような痛み。
裂ける鋭い痛みと違い、無理矢理に開かれ押し込まれる苦痛。
内腑を押されて苦しんでいると、締まる肉孔に刺激を感じた。
痛みにぼやけた感覚より、震える空気で分かる。
上に乗り上げた男が、腰を使っているのが。
そう使うべきでない孔を、本来と違う物に見立てて犯されるおぞましさ。
嫌がっても、貫かれていては大した抵抗も出来はしない。
逆に、強く締まるのが気に入ったようだった。
擦れる痛みが熱く感じるほどの突き込みと、奥をグイとやられる怖いほどの快感。
前立腺を刺激されるより、奥を突かれた方が感じる。
だから、怖い。
奥まで犯されて、突き上げられて。
嫌なのに、そんな事は駄目なのに。
我慢できなくて、イってしまう。
蜜が噴くたび締まる中に、熱い精子が放たれる。
泣いたって許されはしないと知りながら諦められず。
声がかれるまで泣き叫び、気を失うまで。
凌辱を、受けた。
「あっ」
サロンで給仕をしていたイワンは、ポットを取り落とした。
一昨日の悪夢から1日空けて、出勤した。
が、どこかぼんやりしていて、今もポットを受け止めてワイシャツが濡れてしまった。
珍しいと思って見やったセルバンテスは、イワンの胸元に動きを止めた。
透けた胸元に薄らと浮かぶ、赤い傷。
着替えるよう笑顔で言って、観察の口実を。
隅で着替えるイワンに、事が思ったより重大そうだと感じた。
「・・・・・・それ、どうしたの」
「え・・・・・・?」
イワンは自分の身体を見ても不思議そうにするばかりだった。
見えていない・・・・いや。
認識する事を、拒否している。
ピックか何かでくじられた、赤い文字。
『お前は私の物』
心臓の上に一つ、花弁。
イワンが曖昧に微笑む。
「あの・・・・・?」
「・・・・・・・ちょっと、遊んでみようか」
事の次第に興味を示したのは、全員だ。
珍しく十人揃った十傑に紙が配られ、幻惑はイワンを書いてみるよう催促した。
あの男の視線が昨日から変わらぬままに彼を捉えているのに気付いていたから。
紙に踊るのは、傷つき疲れ切った姿。
でも、一枚だけ。
愛らしい笑みが書かれた紙が。
セルバンテスは、それを眺めて溜息をついた。
男は、漸く自分の目が現実を認識していないと気づいたようだった。
9枚の紙と、自分の紙の違いは、紙という媒体を通して真実を見せた。
セルバンテスが溜息をつく。
「ねぇ、ヒィッツカラルド」
現実が、見えるかい?
ヒィッツが呆然としているのを、イワンはぼんやり眺めていた。
何か重大な話をしていると分かっているのに、頭が働かない。
「ヒィッツカラルド様・・・・・?」
掠れた声は、酷く疲れていて。
荒れた唇、やつれた痛々しい姿。
手を伸ばそうにも、自分のやった凶行が恐ろしくて。
泥酔していても触れるのを躊躇うほどに、この指が恐ろしくて。
どうする事も出来なくて。
見つめあう。
そうだ、だって。
叶いもしない恋に夢中になるなんて、無様だ。
「無様なのはお前だろう」
幽鬼の言葉にはっとし、睨みつける。
心を勝手に読んだことより、無様と侮辱された事に。
だが、よくからかって遊んだ少し年下の子は、今や自分の同僚になり。
一人の男として、奇妙な良き隣人として。
背中を、押してくれた。
「伝えるだけでも、双方の為だ」
「・・・・・・ああ・・・・・」
イワンに近づき、顔を覗き込む。
疲れ果てている人は、ぼんやりと見上げてきた。
なけなしの勇気を奮って、告げる。
「お前を、愛している」
「え・・・・?」
「お前が好きなんだ、だから」
酔いに任せて、奪ったんだ。
イワンは緩慢にはいと頷いた。
どこか壊れてしまったのか不安になるほどの穏やかさ。
でも、頬笑みは愛らしく、頬を伝い落ちる滴は清らで。
「嬉しいです、ヒィッツカラルド様」
私はその一言で救われるほどに、貴方様を。
「お慕いして、います」
伊達男は現在再開未定の休業中。
仕事が終わったら、限定で伊達男発揮。
直ぐに恋人と落ち合って、デートしたり、楽しんだり。
特に好きなのは、部屋でごろごろしながら甘える事。
隣の忍者の掃溜からやってくる黒い虫も、可愛い恋人が退治してくれます。
そうして隅から隅まで甘えて、出来る所で出来得る限り甘やかして。
この指と、白い指を絡めあって。
蜜月を、楽しんでいます。
***後書***
ヒィッツカラルドに意外性を求めてみたが、変な味の作文に。