【 RPG-004 】
「・・・・帰ったら粉微塵に吹っ飛ばしてくれる」
苛々とモンスターを倒しながら、勇者アルベルトは悪態をついた。
事の発端は一か月前、国王の我儘からスタート。
「チェス飽きちゃった」
あの迷惑な盟友兼国王・・・・セルバンテスのチェスに付き合えるのは自分か軍師の孔明くらい。
奴は無駄にチェスが強く連戦連勝、そうしたらついに。
ついに飽きた。
そこに至って漸く国の事なんか考え始めた男は、世継ぎを作るから自分の娘を妻に寄越せと言ってきた。
言っておくが娘のサニーはまだ10歳。
色々な所で問題以前に貴様なんぞにやれるかこの馬鹿男!
とキレた結果、
「じゃあ最近ちまたで噂の魔王を狩ってきてくださーい、騎士総長アルベルトに命令でーす」
とほざきやがった。
それくらい軽いわと吠えてしまった自分も自分だが、国を出て早三週間。
飛び出すものを弱かろうと強かろうと粉砕し続けてレベルはMAX。
装備は限りなく弱い。
武器「衝撃波(初期装備)」服「騎士服(初期装備)」頭部「やや乱れた髪」その他「葉巻」「栓抜き」。
特殊コマンドに「押し倒す」があるが、この色気の欠片も無い荒野を突き進む冒険で一体どう使えと。
しかも魔王の城は目前だ。
本当に役に立たないコマンドとしか言いようがない。
「魔王とやら、見つけたらすぐに血祭りにあげてやる・・・!」
相当に人相の悪い勇者は、葉巻の吸い口を噛んだ。
魔王の城、門前で吠える。
「魔王、貴様の顔を見に来てやったぞ!」
「えっ・・・・は、はい、少々お待ち下さいっ」
「・・・・・・・・・」
返事があるとは思っていなかった。
ついでに言えばわざわざ開けて貰えるとも思っていなかった。
お荷物を、と手を差し出すから持っていたポーション(×20)を渡す。
廊下を進むが、魔物はこそこそ隠れてしまって襲ってこない。
と言うかどこに案内されているのだろうか。
「・・・・・・・・」
豪奢な扉を押しあけ、中に入るときらびやかな装飾。
ベルベットの貼られた椅子は空だ。
隣の男が荷物を置いて、たたっとそれに駆け寄る。
大きなそれにちょんと背を伸ばしておとなしく座り、首をかしげて可愛い笑顔。
「あの、魔王のイワンです」
魔王が自ら案内をしてどうする!
思わず呆れてしまい、脱力。
葉巻を取りだすと、駆け寄ってきて火をつけ、また戻ってちょん。
紫煙を吐くと、灰皿を持って走ってきて、戻ってちょん。
その内椅子を・・・・魔王の玉座を引っ張ってきて座らされ、魔王自身はわきに立っている始末。
「・・・・貴様本当に魔王なのか?」
「え、あ、はい」
差し出されたのは「魔王任命証書」。
次に生まれた男児が魔王になると決められた家系図だ。
連なる名は歴代の極悪非道な魔王達、末尾には「イワン」の名。
何と言うか、不幸な星のもとに生まれたとしか言いようがない。
どう考えても向いていない。
「・・・・貴様」
「あ、あの」
お腹、減りませんか?
言われ、疑う事さえあほらしくなってくる。
「ああ、減った。だったら何だ?内臓のペーストでも持ってくるのか?」
投げ遣りに言うと、首を振った。
とても、傷ついた瞳で呟く。
寂しげに。
「・・・・人間を、殺した事はありません」
「・・・・何?」
「何か、作ってお持ちしますね」
優しげな笑みを浮かべて出ていく男に、戸惑いを隠せない。
何なのだ、あれは。
ここへきて二週間、魔王、いや、イワンに甲斐甲斐しく世話を焼かれて快適に過ごしていたアルベルトは、暇を持て余していた。
いや、暇と言うかその・・・欲望を。
女っ気が無いここは正直退屈だ。
外の方がまだ淫魔や何やがいて退屈しのぎになる。
朝から晩まで獣形のモンスターを眺めて、人型のものと言えばこの頼りない魔王だけ。
それも、見れば見るほどに魔王と思えない優しい心根。
なのに、魔王の名にたがわぬ一種異様な色気。
妻を亡くしてからは娘には見えぬ所で派手に遊び倒してきたが、こんなにうまそうな身体は見た事がない。
思わず手を伸ばしそうになるのが日に数回。
だが、魔王と言うからには何かとんでもない隠し玉を持っている可能性もあるわけで。
下手を打てずにやきもきしている。
傍のヘルハウンドに顎をしゃくって命じる。
「イワンを連れてこい」
「遅れて申し訳・・・・」
部屋に入ったイワンは、ソファで眠っているアルベルトを見てくすっと笑った。
随分待たせてしまったから、待ちくたびれてしまったのか。
「ベッドの準備をしていなかったから・・・・」
とても格好良い勇者様は、甘い顔立ちではなく、些か強面。
でも、イワンはそれが怖いとは思わなかった。
生まれた時から一人だった。
記憶はこの城の玉座から始まっている。
誰もいない城でぼんやりと過ごす毎日。
庭の世話をしても自身以外に花を愛でてくれない。
ピアノを弾いても自身以外誰も聞いていない。
食事も一人。
モンスターの唸り声と無機質な楽器の音以外に何も聞こえない空間。
気が狂いそうな孤独をそうとすら認識できず、純粋に培養された穢れ知らぬ「魔王」。
彼は初めて知った「人間」と言う存在に憧れていた。
そっと手を伸ばし、頬に少し、ほんの少し触れて手を引っ込める。
「あたたかい・・・・」
切なく呟いて、触れた指を大事そうに反対の手で包み、イワンは俯いた。
この人と、ずっと一緒にいられたらいいのに。
「・・・・お休みなさい」
眠るアルベルトに毛布をかけて、イワンは退室した。
「・・・・・・・・」
アルベルトが目を覚ましたのはそれから二時間後だった。
毛布に気づいて舌打ちする。
来たのに気付かなかった。
「ふん・・・・可愛げのない」
起こしもせずに黙って下がるなど。
アルベルトは苛々しながら葉巻に火をつけた。
立ち上がり、傍に控えるヘルハウンドに命じる。
「イワンの所へ案内しろ」
ヘルハウンドが戸惑う仕草をする。
睨みつけると、おずおずと歩き出した。
廊下を進みながら、城の奥へと進む。
聞こえ始めた僅かな音はすすり泣きだ。
そのうちに甘ったるい吐息に変わる。
アルベルトは唇を笑みの形に歪めた。
ヘルハウンドが渋ったのはこの所為か。
そっと扉を押しあけると、イワンが寝台に転がっていた。
白い肢体を惜しげなく晒し、甘い吐息と蜜の匂いが満ちる部屋。
「っん・・・・は・・・・」
自分の身体を撫でまわしながら、時折右手の指を咥える。
蕩けた目で、愛おしそうに。
それが二時間前に自分の頬に触れたと知らぬアルベルトは、黙って葉巻を踏み消した。
「面白そうな事をしているな」
「・・・・・・・っ?!」
慌てて飛び起きてシーツで身体を隠す姿は、どう考えても生娘と同じ。
イワンの今までの歩みを知らぬアルベルトは、笑みを口端に乗せて近づいた。
「どうした?続けんのか?」
「っ・・・・・」
「ちょうど退屈していた所だ」
相手をしてやろう。
アルベルトは迷いなく「押し倒す」コマンドを選択した。
寝台に押さえつけられ、イワンはとても怯えていた。
何か、知らない怖い事をされる。
そう感じて必死に身を捩った。
すると、シーツを剥がされて首筋に歯を立てられた。
「っ・・・・!」
本能的な恐怖に、身が竦む。
大人しくなったイワンに満足げに目を細め、アルベルトはイワンの甘く立ったまま放り出されていた雄を握った。
「やっ、あ・・・・」
腰が痺れる快楽に、イワンの身体が跳ねる。
つんと尖った尖りを含まれ、甘い悲鳴が上がった。
「あぁ・・・・!」
ぞくぞくする感覚が何かさえ知らない。
快楽と定義されるものが何か分からないのだ。
寂しさを埋めるために自分を慰めていたが、直接いじった事すらない。
ただ、誰かに触れて欲しいと願っていた。
渇望したそれが与えられ、一気に「魔」としての濃厚極まりない色香が花開く。
「あぁっ、は・・・・あっ」
「堪らぬな・・・・」
「あ・・・・あぁんっ」
胸や腹を柔く擦られ、舌で愛撫され、イワンは恍惚としていた。
あたたかい、心地好い、もっとほしい。
とろんとした目でアルベルトを見詰めていると、目があった。
唇が寄せられ、あわさる。
指先の残り香よりずっと心地の良いそれに身も心もとろかされていく。
元々魔族なのだから、快楽には弱い。
「あ・・・・そこは・・・・」
「かまととぶるな、萎える」
「かまと・・・?・・・え、ぁ、んんっ」
イワンの雄をいじりまわして蜜に濡れた指を差し込んだアルベルトは、意識の外で舌舐めずりしていた。
絡みついて誘う肉は経験のない柔らかさと熱さ、そして締まり。
堪らずに指を抜き、下を緩めて押し当てる。
「っあ・・・・ああ・・・・!」
「っは・・・・・っ」
喉に悲鳴が張り付いて震えるイワンを掻き抱き、突き込み始める。
拒絶していた肉は直ぐに寝返って誘い込み始めた。
「あぁっ、は、や、なん、で・・・・っあ!」
びくびくと身体を跳ねさせながら、イワンは恐怖に怯えて泣いた。
身体が言う事を聞かない。
気持ちいいけれど、違う。
こんな怖い顔で触れて欲しかったんじゃない。
「ぁ・・・・・!」
「っ・・・・・」
奥に吐きだされる熱い奔流。
イワンは茫然と天井を見上げていた。
二度目の凌辱が始まり、イワンは目を閉じた。
唯すすり泣き、小さく喘いで熱を受け止め吐き出して。
数度繰り返し、勇者と言えど人間のアルベルトが身体をベッドに沈めてから、イワンは起きあがった。
意識はあるが疲れた様子のアルベルトの身体を、軋む腰を立たせて拭い始める。
それにいつもの様な心地良さが無いと感じ、アルベルトは視線を向けた先のイワンにぎょっとした。
夢中で気付かなかったが、現状を見たら十人が十人イワンを保護してアルベルトを牢に繋ぐだろう。
精液に汚され、噛み痕と接吻の鬱血で肌を飾り、泣きはらした目と傷ついた瞳。
「イワン・・・・・?」
「・・・・・・・・はい」
掠れた声で返事をするが、目は合わせない。
あからさまに「怯えて」いた。
まるで・・・・
「・・・・初めてだったのか」
「・・・・私はおよそ人間らしい行為とは縁がありませんから」
いや、人間らしいも何も、人型魔族ならこういう方式の増殖方法の筈だ。
「・・・・子はおらんのか」
「・・・・おりません」
「・・・・女を抱いた事は」
「・・・・ありません」
男に抱かれた事はまずないとみていい。
しかし「人間らしい行為」と思っていると言う事は、もしや。
「・・・・接吻は」
「・・・・・・唇を合わせる事だとお聞きしています」
先程初めて経験しました。
その言葉に、身体が熱くなる。
同時に心が竦む。
この、幼子の心を持つ「魔王」に自分は何をした?
「イワン・・・・・」
「・・・・・・・?」
何処か荒んだ疲れた目で見返すイワンに、いつもの朗らかさは見る影が無い。
可哀想な事をしたと思いながら、自分が初めてであることに安堵する。
そうでなければ、相手もこの魔王も殺していた。
そのくらい、囚われている。
魅入られてしまったのだ。
「貴様の責務を軽くしてやろう」
手を伸ばす。
「魔王」は目を閉じた。
このひとが「勇者」だと知っていたから。
いつか来るのだと思っていた。
ああ、あたたかい手だ。
白い頬をひと筋涙が落ちた。
「・・・・・で、君は魔王の命じゃなく身体を奪ったんだね?」
「他に言い方は無いのか」
元騎士総長がダークナイトに転職し、魔王と共に里帰りしたからさあ大変。
国王セルバンテスはお気楽な調子で謁見の間に通したが、詳細を聞き・・・と言うか魔王を一目見て渋い顔。
「ほんっとうにね、初めて思った。私の馬鹿!」
「やっと気づいたか」
「そうだよ!こんな可愛い子なら討伐じゃなくめとるべきだったんだよ!アルベルト、今すぐ離婚・・・・」
「殺されたいか?」
「・・・・・目が本気、超怖い」
殺傷沙汰になりそうな二人に、イワンはとても興味深々だ。
「アルベルト様、この方が御盟友のセルバンテス様ですか?」
「ああ、残念な事にな」
「残念って何?!」
「あの、セルバンテス様」
イワンと申します。
魔王一番の必殺技である愛らしい笑みを受け、国王は歯噛みして悔しがった。
「うぁああん!絶対イワン君もサニーちゃんもお嫁さんにもらってやるぅぅ!」
「イワン、これが「癇癪」というものだ。あと「醜態」」
「はい、勉強になります」
ダークナイトが魔王騎士長にランクアップするのはこの一週間後。
その時魔王は「閨術Lv1」を会得し「おあずけ」コマンドを体得する・・・らしい。
とてもよく出来て献身的なのに、放っておくと知らない人についていきそうな魔王。
それを色々教育しながら魔王責務を助ける魔王騎士。
兎にも角にも、二人は幸せ。
***後書***
イワンさんが魔王でもいいじゃない!と言う事に人様から言われてしか気付かない残念な雪乃城。