【 もしもシリーズ-038 】



オロシャのイワン33歳。

未婚、子供もなし。

そんな彼は、数週間前に任務先で子供を拾ってしまった。

とある組織が壊滅したため、その状態を調べに行くよう命じられたのだ。

焦げた瓦礫の山の中、たった一人立ちつくす子供。

優しい彼は放っておけなかった。

全てを奪われた彼自身の記憶が、重なってしまったのだ。

不思議そうなその子を攫うように連れて帰って、事務に届けを出して。

イワンがすべて面倒をみる事になった子供。

不思議な色合いの瞳の子供は、明るく無邪気で、奔放だった。

だがイワンが本当に困る事はしない良い子だ。

先述の通りだがどこか大人びた面のある子は、影のある瞳でこまっしゃくれることもしばしば。

でも、眠るときは子供らしく甘えてきて。

添い寝しないと駄々をこねるし、イワンの布団にもぐりこんでくる。

最近身体が少し不調だから、ちょっと困る。

成人男子にしてはややそういった欲望が薄い傾向のイワンだが、最近は人並みにある。

断じてこの子に欲望は抱いていないしそんな気はさらさらないが、身体が疼くのだ。

溜息をつきそうなのを堪えていると、男児・・・・セルバンテスがイワンを見つめる。


「寝ないの?」

「ん・・・・もう寝るよ・・・・・」


少しずるいけれど、眠そうな顔をして瞼を閉じた。

暫くそうしていると、小さく「寝ちゃったの?」と。

寝たふりを続行していると、小さな音を立ててセルバンテスがベッドを下りる。

水でも飲みに行ったのだろうか。

おねしょをしない子だから構わないが、電気ケトルの音がする。

茶が飲みたかったのか・・・・?

寝たふりが段々眠たくなってうとうとしていると、ベッドが軋んだ。

頭の隅で音が重いと気づいていた。

唇に触れる温かい感触。

身体を撫でる大きな手は、男の武骨な手。

怖くなって、目が開けられなかった。

その耳に、かなり低めのテノールが響く。

耳を擽る、甘い声音。


「嘘つきだね・・・・・」


飛び起きて傍の拳銃に手を伸ばすが、その手を取られて組み敷かれた。

知らない男性、でも、この瞳を知っている。

まさか、父親か。

あの子をどこへやったと叫ぶのを躊躇する。

父親なら、あの子を返した方が良い。

でも、だから、どこかで恐れていて、訊けなくて。

戦慄く唇に、男の乾いた唇が重ねられる。

首を振るが、押さえられる。

ようやっと拒絶の言葉を吐けば、優しく残酷に微笑まれた。


「駄目だよ・・・・絶対に逃がさない」


目の中の獰猛な光に身が竦む。

男の欲望を向けられる日が来るなんて思わなかった。

怖い、助けて、誰か。

震える身体をいやに優しい手つきで撫で上げて、男は優しげに微笑んだ。

白い耳を柔らかく食み、強く歯を立てる。


「今から君を、犯すんだ」

「そん、な・・・・・」


罵る事すらできなかった。

本能的に感じる圧倒的な力の差。

抵抗すれば、どんな酷い事をされるか分からない。

殺して貰えず延々犯されるなんて、想像しただけで恐ろしかった。


「やめ、て・・・・・」


掠れた声で首を振ると、男は優しい手つきでイワンの服を脱がせた。

白く輝く肌を晒し、指先で撫で上げる。

うっとりと酔う視線が、益々恐怖を煽った。


「ああ・・・・・とても綺麗だね・・・・・」


指先に感じる上質の真珠の肌。

唇を寄せ、肌に滑らせる。


「ひ、っ・・・・・」


なめらかな感触が唇を楽しませ、甘い体臭が鼻を擽る。

視界いっぱいの肌は目に優しく、この呪われた瞳を癒す。

感嘆の溜息をついて、ちゅっと肌を吸い上げる。

何日も眠っている間に悪戯されて熱を溜め込んだ身体は、直ぐに薄く汗ばんできた。

軽く息を荒げ、首筋に鼻先を埋めた。

緊張で浮いた筋を甘噛みし、余り目立たない喉仏を唇で覆って軽く吸う。

初めての感覚だが、恋人でもない同性にやられれば、快感より死への恐怖を感じる。

唇に当たる喉仏が上下するのを感じ、唇が笑んだ。


「怖いんだ?」

「あ・・・・・あ・・・・・・」


そんなに純情なふりしてくれるなんて、嬉しいじゃないか。

全く良く出来た淫売だよねぇ。

嘲る言葉にも、ただ身体が震えるばかりだった。

それを手慣れた演技だと取る男。

嘲りに反応も出来ぬ恐怖に怯える純潔の身体。

すれ違ったままに、行為は進んでいく。


「聞いたよ、幹部の性欲処理まで世話してるんでしょ?」

「そん、な・・・・・」

「私を拾ったのも、新しい人身御供にしたかったからだって。確かに私は、子供の姿だと可愛いからね」


天使のような笑顔が、男の顔に重なる。

男がにっこりと笑った。


「私は、本当は38歳。でも、水を被ると6歳に戻るんだ」


中身は変わらないけれど、難儀な事だよ。


「まぁ、一瞬でも私を懐柔した君へのはなむけかな」


笑う顔の中に、寂しい影が過る。

違う、そうじゃない、人身御供じゃなくて。

幹部の世話をする自分に友人は一人もいない。

それは上からの命令で、幹部に取り入る橋渡しにならぬようにと。

それがやっかみを買って、孤立し陰口を叩かれ。

友人はいない、上司は友人ではない。

独りぼっちに疲れていたのもある、自分の過去の姿に重なったのもある、でも。

魅かれたから、連れて帰った。

必死に縋りつき、混乱した頭で言い募る。

セルバンテスは鼻で笑った。

だが、彼の瞳は幻惑の邪視。

余りにしつこいのに業を煮やして、本当の事しか喋れぬようにしてしまった。

だが、言っている事は変わらない。

自分の能力に絶対の自信を持っていたから、初めは思考が停止した。

自分の能力を否定されたと頭に血が上る。

だが、何度かけ直しても結果は同じ。

逆に嘘をつけとかけると、無い事ばかり喋り始める。

愕然とした。

このひとは本当に自分を求めていたのだ。

独りぼっちで、孤独だったのだ。

やっと気づく。

6歳の時分の自分と同じ目だった。

友達も恋人も家族もいない、愛に飢えた目だった。

その辺の人間の悪意を信じ、優しいこの人を蔑ろにした事実。

手遅れになる前で良かったと、心底思った。

幻惑を解いても、イワンはしがみついて好きと繰り返すばかりだった。

強い幻惑を何度も重ねがけされ、思考が混濁している。

何度もキスを繰り返し、私も君が好きだと言い聞かせる。

実際、あの廃墟からついてくる時に決めたのだ。

このひとを絶対に手に入れると。

何故なんて分からない、気に入らなければ殺していただろう。

でも、好きになるばかりで、この人だって自分を求めていて。

耳朶を吸って強く抱くと、びくんと身体が跳ねた。

少し落ち着いた様子だったから、優しく微笑んで鼻頭を擦り合わせる。


「ごめんね、本当に、ごめん」

「あ・・・・・・」


セルバンテスはベッドを下り、イワンの傍らに立った。


「私はセルバンテス。とある組織での名前は幻惑のセルバンテスだ。そして」


君を、攫いに来た悪人だよ。


「どうかどうか、私に攫われて欲しい」

「セルバンテス様・・・・・」


恥ずかしそうに頬を染め、涙ぐんで、イワンは頷いた。

セルバンテスが微笑んで、イワンに口づける。


「君が好きだよ・・・・・」


唇を合わせ、舌を擦り合わせる。

互いの傷を舐め癒すようなそれが、徐々に淫蕩な音を伴う性的な行為へと変わっていく。

ベッドがもう一度、男の体重に軋んだ。

恥ずかしそうな仕草も、本物と分かると途端に激しく欲望を刺激する。

片手で胸を、反対で尻を揉むと、くすぐったがるような動き。

言っていた事と総合すると、男は初めてらしい。

女も希薄だろう、彼が全てを失ったのは10年以上前だから。

長い禁欲と、元々淡白な身体。

それが熱を孕んで花開くいやらしさは生半可ではない。

生唾を飲み込んで、胸の尖りを捏ねる。

イワンの膝が曲がって、眦に涙が滲んだ。


「痛い?」

「・・・・・・・っ」


こく、と頷くから、今度は吸ってみる。

同じ問いかけと、同じ答え。

相当に敏感な身体だ。

思わずにやけながら、ぺろぺろっと舌先で舐めてみる。

良かったらしく、胸が反って押しつけられる形になって、思わず笑ってしまった。

イワンは赤面しているが、あんまり可愛くて、嬉しくて。

愛しくて。

尖りを優しく刺激しながら、雄を軽く扱く。

人から与えられる刺激に未熟な身体は強張っていたが、焦らすと段々ほぐれてくる。

袋を揉みながら絞るように扱くと、イワンは身体を捩って脚をもぞもぞさせた。

何とも子供じみた、愛らしい仕草。

嬉しくなって、口に含んでしまう。


「ひっ、ああ、あ、だ、だめ、っ」

「ん・・・・・・」


ぢゅるる、と吸い上げながら口から引き出すと、イワンの腰が性的に揺らめいた。

この人が雄としての欲望を感じているのが嬉しい。

でも、この人は男性の割に妙に柔らかい印象を受ける。

どこか・・・・・雌の匂いがする。

悪い事で無いし、不快でもない。

躾けられた媚は商売女ならともかく、恋人からは受けたくないものだ。

だが、これは極上の天然もの。

身体は甘えて媚びてくる癖に、心は戸惑い瞳は無垢に澄んでいる。

顔を赤らめて恥ずかしがっているのに、腰が揺れる。

酷く興奮してしまって、スラックスがきつい。

痛いほどに勃起している物を取り出して、宥めるように撫でた。

口淫に快感は感じても、鉄の理性で口内発射を我慢する人。

別にいいのに、喜んで飲み下すのに。

でも、初めから飛ばすものじゃない。

ゆっくりしないと、急激にねじった硝子細工のように割れてしまう。

口から出して、脚を開かせる。

袋の後ろでひくひくしている小さな窄み。

排泄器官だって構わない、自分と一つになるための性器だ。

ぺろりと舌先で舐めると、脚が宙を蹴った。

濡れた瞳がきょとんと見つめてくる。

笑って顔を埋めると、初めて舐められていると気づいたらしい。


「や、やだっ、やめて、やめてっ!」

「どうして?潤滑剤もないし、イワン君のここはとても美味しいよ?」

「そんなっ」


悲鳴を上げて泣き出したが、これだけは譲れない。

どんなに嫌悪を感じられても、彼に怪我をさせたくないと思った。

舌先に感じるしわを夢中で舐めていると、ふと上げた視線の先にイワンは見えなかった。

え、と思って顔を上げれば、可愛い障害物。

すっかり雄を大きくして立たせてしまっていた。

将来が楽しみ過ぎる魅惑の身体に唾を呑み、指で弄る。

焦らないようにと自分に言い聞かせるが、ついつい急性な動きをしてしまう。

じんじんと熱く疼く男根を突き刺したいのを我慢し、欲望に口や男根から涎を垂らす。

飲み込んでも唾液は溢れ、男根はそそり立ってびちょびちょだ。

そう先走りが多い性質ではないから、相当興奮しているのが分かる。

ごくっと喉を鳴らし、脚を抱える。

イワンは意識も朧なほどに蕩けていた。

素直に脚を開かされ、押し当てられても思考がついていかない。

手を伸ばした彼は、縋るのでなく髪を柔らかく掻き混ぜた。

少し巻きのかかった黒い髪を梳き、自分から脚を折る。

掴んでいたから引っ張られて上に乗りかかると、抱きついてくれた。


「大好きだよ・・・・・・」

「ん・・・・・・・・」


頷いて微笑んでくれるのが嬉しい。

ゆっくり身を沈めていくと、イワンは熱い溜息をついた。

苦痛も感じているだろう、だが余りに甘美だ。

誰かに愛されて情を交わす快感に酔う姿が可愛い。

爪は短く切っている彼の指先が、男の肌に甘く食い込んだ。


「あ、ぁ・・・・っ」

「大丈夫?」


唾を呑んで頷くイワンの腰を掴み、ゆっくりと注挿していく。

声を上手く上げられずに熱い息を吐き、腰を揺らす姿。

何度も愛を囁いて、腰を打ちつける。


「ふ、はっ、んん、く・・・・・・・・」

「イワン君・・・・・・っ!」


身体の中に吐きだされていく熱い精子。

腹が勝手に緊張して締めてしまっても、セルバンテスは嬉しそうに笑うばかりだ。


「世界一幸せにするとは言えないけれど、ずっとずっと、一緒だよ」





ある組織から一人のエージェントが失踪した。

幹部のおもりをしていた彼がいなくなってそれは大変な事になった。

当然、後を継ぐものはいない。

そして、とある別の組織に一人の男性が現れる。

幹部の一人に伴われてやってきたその人は、何でもそつなくこなす素晴らしい人。

10人の幹部と、司令塔。

毎日彼らのおもりをするが、制約はないし、友人も出来て。

大変な仕事でも、幸せだ。

その心が滲むせいで彼は益々魅力的に輝き、狙う獣もちらほら。

だが、彼の大きな子供がしっかりガードしているから、大丈夫。

一緒に眠って、一緒にご飯を食べて、たまにデートして。

十代の恋人のように、長年連れ添った夫婦のように。

我儘を言って世話をかけまくり。

ベッドの上では、たっぷり甘やかしてあげて。

指を絡めて、眠る。

恋に溺れて、肺の中まで甘露を満たして酔いしれる。

命をかけて守る大切な人を腕に抱き、不思議な瞳の男は笑います。


「世界で一番幸せなのは、私だから」





***後書***

『君と結婚したいんだ。僕と結婚すると楽しいよ・・・・僕が』。そういう事を笑顔で言って許されるのは幻惑の特権。