【 もしもシリーズ-042 】



「ねぇ、君」

帰宅途中に声をかけられ、イワンは振り返った。

時刻は午前11時半、勿論真昼間で、曇ってすらいない。

目の前の男は、とてもいい人そうだった、が。


「飴をあげるから、おじさんのおうちにおいで」

「・・・・・・・・・・・・いえ、結構です」


どう考えたって変質者の決まり文句。

格好は趣味も品も良い。

笑顔は優しそう。

でも、絶対変な人だ。

33歳禿頭、見間違いしたって男と判別できる自分。

家族も故郷もなし、ついでに今日、会社を辞めた。

社長から、身体を使って接待をしろと言われ、辞表を提出したのだ。

取引先の会社の社長相手らしいが、仕事の為に男に抱かれるくらいなら、路地裏で食いつなぐ為にお掃除でもやった方がましだ。

笑顔で飴を差し出され、立ち去ろうとするイワン。

しかし、なんとなく立ち止まった。

別について行ったっていいじゃないか。

犯される・・・・・事は先ずないだろうが、暴行されて解体されたって、別に・・・・・。

此処一ヵ月間、余りの激務に疲弊していたイワンは、何だかすべてを投げ出したくなってしまった。


「・・・・飴、欲しいです」


どこへ連れて行って、くれるんですか。





連れて行かれた先は、然程大きくはないが、途方もない金がかかっていると分かる屋敷。

その中に連れて行かれ、とても座り心地の良いソファに座らされる。


「はい、飴」

「・・・・・・・・・・・・・どうも」


差し出されたそれを、手ではなく唇でついばんだ。

口に含むと、甘くも上品な桃のキャンディ。

目を閉じて、溜息。

甘いものを口にして、心のささくれが少しだけ癒える。

ころ、と口の中で転がし、目の前の男を見つめた。


「・・・・・何とお呼びすれば?」

「うん?じゃあ、おじさんって呼んでよ」

「おじさん・・・・ですか?」

「うん」


嬉しそうに言われ、戸惑いながら頷く。


「おじさん・・・・・今から何をするんですか?」

「それは勿論、悪戯だよ!」


うきうきを隠しもしないで手をわきわきさせられ、ちょっと笑ってしまう。

変な人だけれど、どうしても憎めない。


「さあ、はじめは何が良いかなぁ」

「お好きにどうぞ」


投げやりになっていたイワンは、次の瞬間後悔した。


「じゃあ、ぱんつを脱いでおじさんに嗅がせてくれるかな!」

「すいません、帰ります」


逃げ出そうとしたイワンを、男・・・・・セルバンテスが捕獲した。


「駄目だよ、君は悪戯される運命にあるんだ」

「・・・・・・・・・・・・自発的な行動は悪戯されるのとは違います」


冷静な突っ込みに、セルバンテスが目を見開いた。


「あ・・・・・・・」


そっかぁ、と肩を落とし、セルバンテスはイワンから手を放した。

そして、がっと抱えてベッドに拉致する。


「よし、私が心を込めて悪戯してあげよう!」

「い、要りませんっ!」


もがくが、背中に馬乗りされて動けない。

尻を触られ、暴れるイワン。

しかし男は容赦しない。


「ああ、おじさんは何だかイケナイ気分だよ・・・・・」


変質者まっしぐら!

息荒げて尻を揉み、イケナイ気分になっているらしい。

男はイワンの脚の方向を向いて馬乗りしているから、尻は無防備な揉み放題サービス中だ。

背中に感じる睾丸は徐々にぼってりと汁を溜めているし、恐ろしい事この上ない。


「た、助けてっ!」

「はっはっは、誰も助けには来ないからね、大人しくおじさんに悪戯されなさい」

「だれかっ」


暴れるイワンはもう泣きそうだ。

何でこんな事になったかと言えば自分の浅はかな判断からとしか言いようがないが、兎角逃げ出したい。


「ゆ、許して下さいっ」

「さぁて、何をしようかなぁ・・・・・」

「ひぃっ」


背中にごりごり擦りつけられ、潰れた悲鳴が上がる。

スラックスとワイシャツを隔てていても、ちょっと変わった形だと思う。

チャックを下ろす音がして、先走りの匂いが漂う。


「ああ・・・・・目の前にイワン君のお尻・・・・・」

「え、えっ?!」


慌てて腰を捩るが、脱がされた気配はない。

だが、男の息は荒くなるばかり。


「イワン君のお尻、見てるだけで気持ちが良いよ」

「あ、あの、え、ええと・・・・・」


悦に入られると大変気味が悪い。

触られた方がましかもしれない、視線だけで勃起されるよりは。

恐ろしさに硬直していると、股間に手を入れられた。

スラックス越しに、激しく股を擦られる。


「え、や、やめてくださ・・・・・」

「はぁ、っは、はぁっ・・・・・」


余りに恐ろしい。

息が益々荒くなっているし、片手で自分の股間、片手で彼自身の股間を触っているようだ。

尻を揉むとかものを触るとかならまだしも、袋の裏から蟻の戸、尻までの微妙なカーブを摩擦して勃起出来るなんて、ある種才能だ。

怯えるイワンの身体は冷えるのを通り越して汗ばんでいる。

その匂いに益々興奮し、激しく自慰を行う変質者。


「イワン君、可愛いよ、凄く可愛い・・・・・!」

「ひ、っ」


ばちゃばちゃと尻に降りかかる雫。

スラックス越しだから、濡れた感触とぬくもりは時間差で来た。

それが一層気持ち悪い。


「はぁ・・・・・流石は私のイワン君だ、こんなに短時間でいけるなんて思わなかったよ」

「・・・・・・・・・お、お終いですか・・・・?」

「まさか」


イワンの服を引き剥がしにかかった男は、矢張り良い人っぽい笑顔のまま。

変質者だなんてにわかには信じがたい素敵なおじさまだ。

彼はイワンを壁に縛り付け、ベッドに座って自慰を始めた。

片手にはイワンの脱ぎたてぱんつ。

反対にはちょっと変わった形の砲身を握り締め。

目はイワンに釘づけ、鼻息は荒く、唇は嬉しそうな笑み。

説明すると大変不気味だが、実際見ると単なる素敵なおじさまだ、顔だけは。

恐ろしく有害な中身の男は、イワンのぱんつの匂いを嗅ぎ始めた。

目の前で下着の匂いを嗅がれ、イワンが泣き叫ぶ。


「や、やめてくださいっ、お願いです、お願い・・・・・!!」

「はぁ、っは・・・・・凄く良い匂いだよ、イワン君・・・・・!」


手の動きが加速し、先走りが多量に流れ落ちる。

イワンはもう絶叫して許しを請うていた。

下着で一発抜き、靴下でも一発、ネクタイの首に巻く部分を咥えてもう一発。

余りに恐ろしい光景に、イワンはとうとう我慢の限界を迎えた。

これ以上恐ろしい事なんてある筈がない。


「何でもしますから・・・・・もう、やめて・・・・・」


着ていた衣服の匂いを嗅がれて自慰をされるなんて、耐えられない。

すると男は、名残惜しむ視線を送りつつ、あっさり服を置いた。


「じゃあ、何か厭らしい事を言ってくれるかい?」

「・・・・・抱いてください」

「うーん・・・・・君はちょっとずれているよ」


いいかい、私はごく普通の変質者なんだよ。

君の下着や靴下の匂いを感じて自慰をしたり、股を激しく擦って自慰をするのが好きなんだ。


「っていう事はね」


如何にも変質者が喜びそうな言葉じゃないと、興奮しないんだよ。

自分で言って良い事言ったと頷く男に、イワンは半泣きで呟いた。


「わ、私の身体を見て、おち、おちん、ちんを、扱いてください」

「30点」

「私に、おちんち、んを、扱くところを見せてください・・・・・」

「45点」

「イワンのおしりを見て、おちん、ち、ん・・・・・扱いてください・・・・・」

「60点かな」

「っ・・・・イワンのお尻の孔を見て、おち、ん、ちんをっ、シコシコしてくださいっ!!」


キレてしまったイワンが全てをかなぐり捨てて叫ぶ。

自棄になって適当に、下品さを意識して言ってみたが、それは変質者のストライク真ん中だった。


「90点!よし、今直ぐしてあげよう!!」

「・・・・・・・・・・えっ?!」


約束と違う。

そう叫んだが、男は聞いてくれない。

ぱんつ返して欲しくないの、とか、飴あげるから大人しくして、とか。

完全に変質者以外の何者でも無い台詞を吐きながら、イワンを変な体勢に縛りあげていく。

前転の後半の様な体勢で、おまけに大開脚、ベッドヘッドに繋がれた縄。

思い切り、可愛い窄みを公開中。

恥ずかしさにひくっと動いたから、益々変質者は大興奮だ。


「ああ・・・・・これがイワン君のお尻の孔・・・・・」

「や、やめてっ!!」


匂いを嗅がれ、気が狂ったように暴れた。

会社帰りに銭湯に寄ったが、だからって嗅いで良いわけじゃない。

そこは誰にも触らせない場所だし、見せない場所で、秘密の場所だ。

ピンクの窄みは、むにゅむにゅ動いて恥ずかしいと訴えていた。

が、当然そんなものは逆効果。

しゃぶりつかれて泣き叫ぶ。


「誰か、誰かたすけてっ!!」

「イワン君のお尻に顔をうずめて、お尻の孔を・・・・・ふふふ・・・・・」

「いやぁっ!!」


ぢゅるぢゅると舌で嬲られ、足先が丸まる。

異常性欲に怯えるイワンは、全く感じていない。

嫌悪と気持ち悪さのみだが、男は構わないらしかった。


「私のイワン君が、目の前に・・・・・」

「ひぃっ」


べろべろ舐めながら激しい自慰を繰り返す男に、イワンは気が遠くなっていくのを感じた。

何度も身体にかけられ、舐められ見られ、嗅がれ。

日が落ちた瞬間、イワンの意識も闇に落ちた。





目が覚めた時、身体は清められていた。

目の前には、子供のように無邪気に、安らかに眠る男。

すっかり安心しきったように息を吐き、時折イワン君、と呟いて。

逃げようと思えば、出来た。

殺す事だって、出来た。

でも、出来なかった。

容姿や気配からは想像できない歪んだ性癖。

それが形成されるに至った経緯が、縋るように自分を掴んだ手指に籠もっている気がして。





何故か逃げ出さない想い人。

彼は日に一度飴玉を強請る。

甘いものが好きなのかと思ったが、4日ほどしてそうでないと気づいた。

このひとは毎日誘拐されてくれているのだ。

自分の為に、自分の為だけに己を捨てて。

攫われて、くれている。

それに気づいて、初めて。

心が満たされていくのを感じた。





「っていう事があったんだよ。懐かしいねぇ」

「・・・・・貴様の所為で踏んだり蹴ったりだ」

「そう?」

盟友の秘書を欲しがっていた男は、そのひとを攫って恋人にし、おまけに自分の秘書にしてしまった。

超有能な彼のお陰で、失った自分は疲労困憊、手にした盟友は色艶良い。

恋人も秘書も手に入れた男を睨んで葉巻をふかす。

完全に色ボケだが、あの異様な餓えの瞳が和らいだだけましだ。

泣かせるなと釘を刺せば、分かっていると。


「変な癖はまだ抜けないけどね、彼も慣れ始めたみたいだし」

「・・・・・・?」

「私にオカズにされると凄く可愛い声を」

「帰る」


待ってよ、話聞いて!と叫ぶ盟友を置き去りにし、台所を覗いて帰る。

幸せそうな新妻オーラを出して、盟友の好きなフロランタンを作る元秘書に。

幸せになれと、最後の命令をして。





***後書***

普通の変質者って、こういう感じですよね?