【 もしもシリーズ-046 】



温泉街の芸者衆。

昔と違って春を売る事を強制される事は無い。

客も余りそういった事を求めないし、求められても合意で無いと宿の主人が口を出す。

問題が起こっても酔っ払いの喧嘩くらいの、小さな温泉街。

だが、良質な湯と良質な芸で賑わう古くからの湯治場。

そこにたったひとり、男の芸者が混じっている。

彼はイワン。

この街で、親に捨てられた。

旅行者の中のどれが親かなんて、誰も分かる筈がない。

子供は絶望的な瞳で、親が居ないと涙を零している。

優しい心根の彼を引き取ったのは、その時にはまだ前の主人だったが・・・・芸者衆の元締め。

今は若主人に代わっているが、二代にわたってイワンは可愛がられている。

芸者衆の世話を一手に引き受けているイワン。

明るく朗らかな彼は、直向きでいつも一生懸命。

子供の頃から見ている年増も、新入りの娘も、好感を持っている。

洗濯から家事まで全てこなし、着物の手入れも小間使いも、全て一人で。

皆手伝うが、彼の手際の良さにはかなわない。

皆で芸を磨き、芸を売り、時には一夜の恋に花咲かせ、日々を過ごす芸者衆とともに彼はある。

普遍的な顔立ちの、不思議なくらい綺麗な人。

源氏名も持たぬ彼を、皆は何故か。

オロシャのイワン、と呼ぶ。





いつも尋ねる温泉が、最近雑誌に紹介されて騒がしくなってしまった。

落ち着くまでは湯治場を変えてみるかとやって来た壮年の男性に、芸者衆は色めきたった。

遊びも粋、言葉遣いは穏やか、しかしなんとも良い男。

数人が色目を使えば笑って相手をしてくれるが、後腐れない程度、しかし満足させてくれる。

技術もさることながら全てが色男過ぎて、皆話に花咲かせていた。

それを苦笑しつつ眺め、イワンは風呂敷を括った。

今日は、数か所の宿を回って挨拶をするのだ。

時候の挨拶のようなもので、今季もまた宜しくと言う事。

他を回る主人の代理だが、人当たりの良いイワンは先ず文句を言われない。

逆に、老婦人の宿主にはポケットに菓子を詰められ、中年のおじさんにはもっと食わんかと果物なんか押し付けられてしまう。

嬉しいが、食べきれない。

皆で食べる良いおやつになって、とても有難いが。

よいしょと立って、時計を見る。

そろそろ出ようか。





回った最後の宿で、奥さんが今大福を作っているからちょっと待ちなさいと言われてしまったイワン。

偶然とはいえ申し訳ないと断ったが、かあちゃんの楽しみだと笑われて、頷いた。

待つ間に風呂に入れば良いと言われ、まだ空いている大浴場を使わせてもらう。

身体を洗って端の方に沈むと、温かで良いお湯が沁みる。

柔らかな乳白色の湯に頬を緩めていると、引き戸が開く音。

もっと隅によって静かに浸かっていると、声をかけられた。


「ああ、済まんな、気を使わせて」

「あ、いえ・・・・私はご厚意でお風呂を頂いていますから、お客様がいらっしゃるなら・・・・」

「いやいや、まぁ、話でも付き合ってくれ」


年寄りは喋りたがりでなと笑う人は、とても素敵な男性だった。

柔らかな微笑は年を重ねた落ち着きを持ちながら、眼光はどこか鋭い。

端的に言えばドキッとするような『良い男』であり、男のイワンもちょっとどきどきするほど。

微笑み返して頷くと、身体を洗う男性と少し話をした。

湯に沈んでからも少し話をしたが、唐突に手を取られた。

それは無理強いで無いし、脅しも含んでいない。

だが、それ故に何故か断れない。

それでも自分なんかでは面白くないからと断ると、腰を抱かれる。

心臓が勝手に鼓動を速め、耳が熱い。

一度もそういった事をした事は無いし、まさか芸者衆に手を出すなんていう気も無くて、イワンは未だ未経験。

やんわり掴まれ、腰が跳ねる。

同時に後ろを探られ、どうしていいか分からない。

緊張していると、耳元で笑う気配がした。

腹をとんとんと叩かれ、おずおずと振り返る。

唇を吸われて目を瞬かせたが、直ぐに閉じる。

気持ち良くて、酔いそうだった。

唇を吸われている途中で一瞬痛みが走ったが、前をやんわり扱かれる快感で直ぐに消える。

解されているのは感じたが、痛みも快楽もない。

雄に与えられる快楽と唇に与えられる心地よさで十分で、振り返った首が痛くなるまでずっとそうしていた。

唇が離れた瞬間に、不意打ちのように入ってくるもの。

圧迫感に息が詰まったが、痛みは殆どなかった。

不思議な感覚に戸惑っていると、乳首を摘ままれて締まってしまう。

その瞬間走った快楽に、喉が鳴った。


「ぅん・・・・・っ」

「・・・・・心地好いか・・・・?」

「あ・・・・・・」


こくんと唾を飲んで頷くと、男性は笑ってくれた。

尖りを練るように刺激され、時折雄を弾かれる。

ぐっぐっと奥を圧迫され、段々と高まる射精感。

逞しい腕に爪を立てて首を振ると、先を手で包んでくれた。

そのまま強く突かれ、小さな悲鳴を上げて、イワンは吐精していた。

中に熱いものが吐き出され、男性が手に受けた精液を外に出して流してくれる。

身体に力が入らずにいると、のぼせ気味の身体を拭いてくれて、服を着せてくれた。

部屋に連れて行かれ、膝枕をされる。

胡坐を掻いた脚に頭を乗せ、イワンは男性を見つめた。

自分の所為だからとここまでしてくれる人は、いったい誰なのか。

月を眺めて酒を煽る姿を見ながら、イワンはぼんやりと天井を見つめた。





それから3週間。

時折男性に呼び出され、部屋で御酌をして話をする。

数回に一回は身体を求められ、自分でも理由が分からぬままに応じる。

快楽が欲しいと言うには余りに優しい想い。

逞しい腕にただ抱かれて眠る夜、イワンは乱れかかる白い髪をそっと払い、彼の顔を見つめていた。

凛々しい眉を辿り、少しだけ唇をぷにゅぷにゅ。

この唇が、一昨日の晩に・・・・そう思うと、妖しい感覚が身体を絡め取る。

いけない、駄目だ、そんな事。

そう思いながら、ここ数週間で突然花開いた身体は抑えが利かない。

逞しい太腿に腰を擦り寄せ、勃起した雄を擦りつける。

直でなくとも、とても興奮した。

先を擦りつけたり、幹を擦りつけたり、夢中になって。

だが、唐突に抱きしめられた。

息を飲んでいると、耳元で低い声が囁く。


「夜更けに、何をしておる・・・・・?」


それとも夜更けだからかな?からかうように言われ、イワンは頬が熱くなるのを感じた。

知られてしまった、見られてしまった、こんな浅ましい姿を・・・・・。

だが、悪戯な指に後ろの窄まりを擦られ、身体が跳ねる。

薄い下着越しに執拗に擦られ、腰が勝手に揺れてしまう。

息を弾ませ、乾いた唇を舐めた。

段々と訳が分からなくなり、本能のままに腰を擦りつける。


「あ・・・・・ん・・・・・」

「何を考えておるのやら・・・・」

「あ、あ・・・・・お、ととい、の・・・・・」


いっぱい厭らしい事をしてもらったのを、思い出して・・・・・。


「我慢、できなか、た・・・・・」


可愛い事を言い出すのに苦笑し、下着の上から指を強く当てて差し入れる。

布を一緒に噛まされても、浅い部分を穿るだけだから然程痛みは無い。

それ以上に快楽が強くて、夢中で貪っていた。

3度ほど精を吐き出し、イワンはくたりと気を失ってしまった。

その頬に優しい接吻を落とし、男は切なげに笑った。





明日、帰るのだと聞いた。

良い男が帰ってしまうと芸者衆が残念がっていた。

ああ・・・・そうか・・・・・。

今夜呼ばれたのは、最後の一夜を自分と過ごしてくれるからなのか。

切なく哀しく、そして嬉しい。

出来れば一度くらい食事を作ってあげたかったが、もう叶いそうもない。

そっと目を閉じ、イワンは風呂敷を抱えた。

歩く道すがらに、季節の移ろいを感じる。

鳴き声の拙かった鶯は美声を響かせ、燕の巣からは雛が顔を出している。

ああ、何て切ないんだろう。

もし、此処で無いどこかに生きていたなら。

考えて栓は無いと知りながら。

他で生きれば出会ってもこういう関係になる筈もない。

だが何故こんなに悲しいのだろう。

こんなに悲しいのに涙が出ず、何だか清々しい笑みが零れてしまうのは。

あの人が素敵過ぎて、思い出が美し過ぎるからかもしれない。

宿に着き、部屋に上がる。

赤い襦袢が畳んであって、柔く笑って見せる人。

求めに応じ、目の前で着替える。

白い身体が纏う赤い襦袢。

色の相対が艶めかしく、色っぽい。

清純な雰囲気の彼が赤い襦袢を着るのは、違和感とともに色気を感じる。

姿見の前の男性に寄り添えば、引き寄せられて膝に上げられた。

襦袢の上から腿を辿られていたのがいつの間にか差し入れられ、肌蹴られ。

鏡の前で、雄を弄られる。

自分の身体を良いようにしているのがこの人だと思うと、堪らなく感じた。

もっと、もっと弄って欲しい。

唇を噛んで、震える脚を無理に開く。

差し出すようにすると、いつになく激しく扱かれた。


「ふっ、ぅ・・・・っう・・・・っ!」

「・・・・・・我慢などせんで良かろう・・・・?」

「あ、あっぅ」


びゅっびゅっと鏡に掛っていく白い粘液。

恥ずかしさに唇を噛み、俯く。

すると耳に接吻され、布団に運ばれた。

腕をひと括り、頭上で拘束され、男が手にするのは細い筆。

上質な筆で胸の尖りを擽られ、思わず腰が跳ねた。


「あ、あっ」

「敏感じゃのぅ」

「ぅん、く、っ」


擽るような刺激だけで、もう雄は半勃ちだ。

つつき擽り、赤くなった乳首から、そこに注意を移す。

幹を上下に撫で上げて擽ると、イワンが首を振って涙する。


「ぁ、ぅあ、ぅ・・・・・」

「何じゃ、もう言葉も出らんか?」

「ひああっ」


ぐいと上げさせられた脚、ひくひくしているピンクの窄みを擽られ、腰が跳ねあがる。


「ああ、んあ、っ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


何とも厭らしくくねる身体に知らず唾を飲み、帯を緩める。

上下に毛先を這わせて酷く泣かせてから、筆を逆さに持ち直す。

イワンの雄を支えて先の孔を開かせ、かなり細い飾り筆の柄の部分をゆっくりと尿道に差し入れた。


「う、う、っ、う・・・・・」

「まだ痛むか」

「ふ、ぁぐ、あ、あっああっ」


僅かに抜き差しされただけで、激しい射精感と排尿欲が押し寄せてくる。

拘束された腕を引いてもがくが、男は初めてイワンに無理を強いた。

押さえつけられ、尿道を弄りまわされる。

快楽と言うには余りに苦しく、苦痛と言うには余りに甘い。

もがき苦しみ泣き叫び、しかし許しは無かった。

筆の先だけが雄の先から突き出た状態で、後孔に指を入れられる。

それだけでも十分に苦しいのに、解れたら挿入される灼熱の棒。

絶叫した瞬間に口を塞がれ、くぐもった声になる。

口を塞がれて無理に犯される辛さに、涙が流れ落ちる。

とめどない涙を流しながら何度も犯され、唐突に視界が暗転する。

気づいた時には、男はいなかった。

始末もされない身体を抱え、イワンはもうひと雫だけ涙を流した。





温泉街を出たイワンは、色々な仕事を転々としながら、男の行方を追っていた。

恨んでいない、殺したいのでない、もう一度と言うのでもない。

ただ、聞きたかった。

あの部屋に残っていた、糸の意味。

あの部屋にと言うと些か語弊のある、自分の指に執拗に巻かれていた糸の意味。

木綿糸を、あんなに雁字搦めに、でも指を痛めぬように。

未だ切れないで二巻き残っているそれは、もう色あせ始めていた。

夕暮れの街を歩いていると、声をかけられる。

振り返れば、数ヶ月前に消えた男。

彼はついと手を上げ、笑っている。


「・・・・・・辿って来たか?」

「辿って・・・・・・?」


互いの見つめる先、互いの左の小指。

雁字搦めに絡みつき、切っても切れない。

赤い糸。





***後書***

爺様にロマンを求めたらとんでもない事になりました。