【 日用品シリーズ-017 】



盟友が、昔一度だけ犯した過ちを語ってくれた。

妻とチェスをして、負けた時、何でも言う事を聞いてやると言った。

そうしたら、哺乳瓶を買って来させられた。

そろそろ生まれる娘の為でなく、その中に牛乳を入れて渡され、飲めと。

それは可笑しそうに笑う妻にぴきっときたが、身重で臨月。

黙って一本飲んだのだと。

それを聞いて、セルバンテスは思った。

自分は哺乳瓶しか咥えた記憶がない。

初乳さえ哺乳瓶で与えられ、後は乳母が面倒を見た。

だが、乳母も気味悪がって哺乳瓶を渡すだけ。

自力で飲まねば死ぬと鮮烈に感じた事だけが、今も鮮やかだ。

何だか懐かしくなって、赤子用品売り場に行ってみた。

幸せそうな夫婦が沢山いて、微笑ましい。

そして、殺してやりたいくらい悔しい。

私はあんな人に恵まれなかった、私はあんな人になれそうもない。

子は欲しくない、自分のような力があれば不憫だ。

妻は欲しくない、気ままに快楽を追っていたい。

家族は欲しい、恋人も欲しい、でも全てが噛みあわない。

溜息をつき、売り場の一角の椅子に座る。

俯いていると、声をかけられた。


「あの、大丈夫ですか?」

「え・・・・ああ、大丈・・・・・・」


作り笑顔が途中で崩れた。

何故か分からない、だってこれは男で、哺乳瓶で。

顔が綺麗でもない、可愛くもない、目立って何かが良いわけじゃない。

呆然と顔を見つめられ、デモ用の哺乳瓶・・・・イワンは首を傾げた。


「あの?」

「君、買うから」

「えっ」

「買う、レジに行くよ」


強引に引っ張って行かれ、デモ品だから売る事は出来ないと首を振る無言の店員にはいっそ恐ろしい量の紙幣が突きだされ、そのまま。

家と言うには余りに大きな屋敷に連れて行かれた。

部屋に入るなり包みのスーツを剥がされ、抵抗もしていないのに床に縺れ合って倒れ込む。

息を弾ませる男は、何だか必死な顔だった。

変な趣味に興じると言うには余りに必死で、寂しそうで。

切ないくらいに震える指は、縋るように自分を掴んでいる。

イワンはそっと、男の乱れた髪をどけてあげた。


「どうされました?」

「・・・・・何も、何も無いんだ」


それは大丈夫という意味ではない。


「私しか無いんだ、箪笥や家具は居るんだ、グラスも。でも、誰も無いんだ」

「・・・・・大丈夫、私は『居ます』から」


孤独と言う型に填め込んで育てられた男は、物と人間の存在が逆転していた。

何かが居ないと、誰も無いから。

壊れてしまうほど、寂しかったから。


「一緒にいておくれ、ずっとずっと、一緒に」


魂の飢餓からの叫びに、哺乳瓶は優しく笑って頷いてくれた。





哺乳瓶が手元に居るという安心感は、セルバンテスを酷く落ち着かせた。

今まではどこか苛々している雰囲気を垣間見せていたのが、穏やかになった。

そうなれば、この素敵な男性を女が放っておかない。

ルックスも良い、性格も。

地位も名誉も、金も持っている。

取り巻きは瞬く間に増え、初めはやんわり拒んでいたセルバンテスも、許容し始める。

適度に構って、遊んで、楽しく過ごして。

段々と、家に帰らなくなっていた。

何がこんなにも自分を落ち着かせているのかすら忘れ初めていたある日、盟友と酒を飲む事になって。

屋敷に帰り、準備を命じる。

使用人が準備を終えて下がった後に、一緒に働いていた男の一人が残っていた。

セルバンテスが首を傾げる。


「君・・・・・いつから雇ったっけ」

「・・・・・・少し前からです、今日でお暇を貰う事になっています」


優しく笑って下がった男に何か大事な事を忘れている気がしながら手を振り、時計を見る。

ソファに座って盟友を待っていると、段々苛々し始めた。

久しくなかった感覚、忘れかけていた感覚。

蘇るのは、忘れていた感情。

夕暮れの中に突如湧く、激しい孤独。

はっとした時には、遅かった。

彼の部屋に行ったが、そこは綺麗に片付いているだけだった。

テーブルの上には、長い長い飾り物。

長い紐に、一枚一枚布を合わせて縫い付け、かがった葉っぱが、沢山ついている。

とても可愛らしい、緑と黄緑の葉っぱ。

まるで千羽鶴のようだ、否、千羽鶴なのだ。

帰ってきますようにと、否、寂しくないようにと祈って。

こんな身勝手な男の為にひたすらに心を捧げ、そして。

あんなにも残酷な言葉を投げたのに、黙って出て行った。

ずっと一緒にいて欲しかった。

ずっと一緒だった。

いつだって一緒に笑っていた。

いつの間にか一緒にいなくなった。

彼だけを愛している。

彼だけが家族だ。

彼が恋人だ。

なのに私は、彼に一緒にいるよう強制しておいて名前すら忘れていたのだ。

息苦しくなって、手にした飾りが酷く重たい。

苦しい、目が回る、頭が痛い。

寂しい。

飾りを持ったままふらふらと玄関に向かい、丁度来た盟友と鉢合わせた。

盟友は、玄関で飾りを握り締めふらつく自分に不審げな顔をしていた。

寂しさは埋まらないが心からの友と言える男に。

セルバンテスは、自分の犯した過ちを告白した。





呆れかえって心底から馬鹿と言った盟友に連れてこられたのは、夢の島。

つまり、ゴミ処理場。

収集車が帰ってくる場所に立って、積まれた荷物の中にあの哺乳瓶がないかずっと探している。

そして、待つ事数時間。

がらがらと落とされるごみの中から、ぼろぼろになった哺乳瓶が出てきた。

慌てて抱き上げるが、すっかり弱っていて、半分壊れかけている。

すぐさま担いで帰り、浴室で丁寧に、綺麗に洗ってやる。

怪我はなさそうだが、身体はすっかり冷たい。

たっぷり湯の張られた浴槽にそっと入れてやるが、安定が悪い。

意識の無い身体というのは浮かんでしまうし、気がついた瞬間沈んだりするから危険だ。

自分も身体を綺麗にして、イワンを抱えて浴槽に沈んだ。

くたりとした身体は、すっかり軽くなっていた。

哺乳瓶を買いながら、一度も使ってはいない。

赤ん坊がもう吸わないおしゃぶりを手に持って歩くように、お守りのようにしていたのだ。

可哀想で、涙が出そうだ。

指先は荒れていて、さっき浴室を準備した使用人は酷く心配していた。

何でも、使用人に混じって忙しく働いていたらしい。

そんな事は命じていないから、恐らく。

寂しさを忘れようとしていたのだ。

なんて馬鹿だったんだろうか。

あんな自分の持ち物しか見ていない女達にかまけて、自分の為に葉っぱを縫いつけて祈ってくれたひとを忘れるなんて。

余りに浅はかだ、酷薄過ぎて恐ろしいくらいだ。

どんなに詰られる事も覚悟で、看病する。

湯で十分暖めてからベッドに寝かせ、ずっと傍にいて、世話をして。

哺乳瓶は4日後に目を覚まし、弱弱しく微笑んでくれた。

掠れた声で『おかえりなさいませ』と言われて。

人生で初めて、泣いた。

歯を食いしばっても流れ落ちる涙。

哺乳瓶イワンは優しくそれを拭ってくれた。

何度も何度も謝った。

イワンは優しく笑って、頷いてくれた。

一緒にいて欲しい、家族になって欲しい、恋人になって欲しい。

計算どころか順序すら考えずに縋って強請る。

やっぱりイワンは、優しく笑って頷いてくれた。

でも、彼の頬も。

透明な滴が伝っていた。





「イワン君、今日の御飯は?」

「今日は・・・・・セルバンテス様、お尻を触らないでください」

「うん、でもやっぱり、確かめないとね」

「?」

笑う男に首を傾げると、耳に唇を寄せられる。


「デザートは桃が良いんだけれど、ミルクも良いなって」

「っ・・・・・・・」


イワンの手が、無意識に尻をガードする。

ミルクについては元々そういうものだから羞恥は薄いが、お尻はちょっと恥ずかしい。

入れられない事は無い、入れて絞れば出は良いのだ。

入れる口と吸いだす口が違うだけで。

元々イワンは、ミルクを口から飲んで、乳首から吸ってもらうタイプの哺乳瓶。

だが、セルバンテスの要求はどうやら、お尻から入れて雄をちゅうちゅうしたいらしい。

どうしよう、と戸惑っていると、セルバンテスお得意のおねだり攻撃。

基本的にイワン以外には余り効かないし、第一発現するのは盟友とイワンにだけ。

ほかは強請ったりしなくとも、口先三寸でどうにでも踊らせる事は出来るのだ。


「ね、駄目かな」

「・・・・・・きょ、今日は・・・・・」


駄目かぁ、とちょっとがっかりしているセルバンテスに、恥ずかしがりながら小さなお願い。


「・・・・・初めては、説明書通りに使って頂けませんか・・・・・」

「!」


可愛いお願いとお許しに、一気に有頂天になってしまう。

分かったと頷けば、イワンは照れながら可愛く笑ってくれた。


「・・・・・後で、お部屋に伺います」





控えめなノックに、セルバンテスは説明書から顔を上げた。


「はい、どうぞ」

「失礼します・・・・・・」


頬を薄桃色にしたイワンが入ってくる。

恥ずかしがって目を合わせないのが初々しい。


「今ね、説明書を読んでいたんだ」


イワンを買ってもうどれほど経つだろう。

紆余曲折あったが、一応説明書は取ってあった。

少し日に焼けて擦り切れているが、内容はごく簡単。

綺麗好きなので、浴室を使わせてやれば、清潔にお使いいただけます。

直射日光の当たる高温な場所に放置しないでください。

熱湯不可、直火不可、タワシ不可、体液可、蝋燭可、軽い殴打可。

説明書に書いてあると言う事は、やって大丈夫というある意味での保証だ。

体液可なのは大変嬉しい。


「お風呂に入ってきたんだね」

「は、はい・・・・・」

「じゃあ、ミルクを」


ピッチャーには、たっぷりのミルク。

暑くなり始めている季節だが、ピッチャー下部は氷の中。

暑さに強いし、それを楽しめるセルバンテスは、あまり空調を入れない。

イワンは暑さに弱いが、夏の夜くらいならへばらないし、個人的に匂い立つ甘い汗が好きだ。

大きめのカップに注ぎ、セルバンテスの隣・・・・・ベッドの上だが、座ったイワンに渡してやる。


「有難うございます」

「うん、急がなくて良いよ」

「はい」


小さく喉を鳴らしながらミルクを飲み込んでいるイワンに、セルバンテスは釘付けだ。

特濃だからかなり濃いし、低脂肪のようなさらさら感は無い。

精液ほどのとろみは勿論無いが、矢張りそれでも目に楽しかった。


「美味しいかい?」

「ん・・・・・はい、とても濃くて、美味しいです」


口の端をぺろっとやって拭い、イワンがにこっと笑う。

可愛いし、脳内補完するとかなり厭らしい。

興奮しながら、しかし焦らない。

イワンの腰を抱き、腰骨をそっと引っかく。

きゅっきゅっと飲みほしたイワンは、満面の笑みで服を脱ぎ始めた。


「きっときっと、美味しいと思います」


勿論用途通りに使うのだから、イワンに羞恥は全くない。

変な使い方をされれば恥ずかしいが、これは説明書通りなのだから。

差し出されたのは、淡い色の小さな乳首。

ほんの少しだけ胸を逸らして、はいどうぞ。


「・・・・・・・・・・ん・・・・」

「・・・・・ふふっ、そんなにそっとでなくても、大丈夫ですよ」


くすぐったくて笑ってしまいながら、イワンはセルバンテスの頭を優しく抱いた。


「貴方様だけのものですよ」

「・・・・・・・・・うん」


一人占めできる、可愛い乳首。

はしゃぐより先に、何だか感動してしまう。

目を閉じてうっとりと吸い付く。

吸いを強めていくと、ぴゅっとミルクが噴いた。


「使い始めは、少し硬いです」


使い込めばすぐにミルクが出るようになると言うイワンはただ嬉しそうだ。

セルバンテスも嬉しさを感じ、何度も吸いつく。

口の中を満たす甘いミルクは、暖かで優しい味がした。

夢中で飲み下し、貪る。

途中でイワンはミルクを口から補充したが、セルバンテスは驚くほど貪欲にミルクを貪り続けていた。

そこに見える飢餓感を感じ、切ないと思う。

イワンは優しく黒い巻き毛を梳きながら、何度も授乳していた。

ピッチャー一杯なくなると、セルバンテスが名残惜しげに唇を放す。

唇が合わさり、甘い甘いミルクの味がした。


「イワン君、大好きだよ」

「セルバンテス様・・・・・・・・」

「君は家族だ、母だ、そして恋人だ。君が世界で一番愛しいんだ」


優しい瞳に迷いはなく、声に戸惑いは無い。

イワンはセルバンテスを見つめ、微笑み、口づけた。


「私も、セルバンテス様が世界で一番大好きです」


頬を擦り合わせ、狼の愛情の示しのように。

そのままベッドに組み敷くと、ここからは説明書に無い使い方と察し、イワンが顔を赤らめる。

くすりと笑って、スラックスを抜いた。

柔らかそうな雄は温かく、何だか可愛い。

一度顔を見て微笑んでから、そっと支えて口に含む。


「ふ、ぁっ」

「ん・・・・・・・・・・ふ・・・・」


ぢゅる、ぢゅっ、と刺激するのに重点を置いて責めると、無垢なイワンは直ぐに勃起してしまった。

もじもじしている腰をやんわり押さえて、更に深く咥えた。


「は、ぁぅ、う、く・・・・・」

「ふ・・・・・我慢しなくても・・・・・っ」


喋りながら咥えた瞬間、イワンは我慢できずに吐精してしまった。

整った顔に派手に散った精液を、イワンは茫然と見つめていた。

そして、我に返って慌て始める。


「ご、ごめんなさいっ」

「うん?別に構わないよ。それに、これも美味しいし」


ぺろっと舐め取られ、恥ずかしさにやめて欲しいと首を振る。

しかし、セルバンテスは笑っているばかり。

その上、耳を噛んで囁いてくる。


「私のも、飲むかい?」

「えっ・・・・・」

「お口から飲んでくれる?それとも」


可愛いお尻かなぁ。

勝手に話を進めているが、嫌な感じは受けない。

恥ずかしかったが、素直に頷いた。


「・・・・・今日は、お尻で頑張りたいです」


可愛い決意に、思わず笑ってしまう。

何でこんなに可愛いんだろうか、何でこんなに好きになってしまうんだろうか。

二つが相互に関係すると気づいて、また可笑しくて。

イワンを抱いて、口づける。


「いいかい、力を抜いて、息を吐くんだ」

「は・・・・ぁっ、ん」


イワンの白濁を舐め取った為に、唾液と体液でぬるついている指を差し入れる。

少し硬い後孔は、しかし弾力に富んでいた。

ぐっぐっと指を出し入れして解すが、単調な動きだからそう痛くは無い筈だ。

少し緩んだらもう一本差し入れ、様子を見る。

イワンは違和感に不安げにしながらも、大人しくしていた。

余り感じないかもしれないと思いつつたっぷり解し、男根を挿入する。


「は・・・・・ぅ、っ・・・・・あ、ああ、ぅあ!」

「っ・・・・・どうしたの・・・・?」


激しい絡みに息を詰めて問うが、答えは無かった。

イワンの目は半ば飛んでいて、身体がぶるぶる震えている。

もしやと少し動かすと、激しく鳴いた。

指で届かない奥深くに隠された、激しい悦楽を感じる場所。

嬉しくなって、激しく攻め立てる。

若い頃のように貪るが、生半可で無い快楽を与えてくる肉孔に敢え無く陥落。

イワンが2回しかイッていないのに、我慢できずに放ってしまった。

下腹を派手に白濁で飾ったイワンは、中まで白濁を注がれて鳴きから泣きになっている。

感じ易く初心、なのに堪らぬ上物の身体に頬を緩め、セルバンテスはイワンの唇に吸いついた。


「また、明日もしようね」





38歳髭の素敵なおじさま。

彼は家の中で哺乳瓶を咥えています。

33歳禿頭の可愛い哺乳瓶。

彼は御主人様であり家族、恋人の男性に毎日しゃぶられています。

話を聞いた38歳髭の葉巻虫は異様なものを見る目つきをしましたが、気にしません。

楽しければ、良いのです。

二人でいれば寂しくないし、楽しいし、幸せだし。

心もおなかもいっぱいで、いられますから。





***後書***

哺乳瓶をちゅばちゅばする髭の38歳白スーツ。これだけ聞くと、衝撃の目つきが頷けます。